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奈落への誘い

 マイヨールは先ほど彼自身が現れた楽屋口の向こう側に向かった。大股で、乱暴に足音を立てているが、それも芝居臭い。


 実際それは、大きな足音で自分の耳に届く己の心臓の音を消すための芝居に他ならない。

 彼の行く先にあるのは舞台だ。


舞台(イタ)の上に真実があるか? 芝居莫迦(バカ)の言いそうな台詞だ」


 ブライトが意地悪く言う。


 マイヨールの足が止まった。首だけを振り向かせた彼の顔に、険しいものが浮かんでいる。


「さっきから思ってたんですがね。……お宅、タダの下男じゃないね」


 わざとらしく背中を丸めた男の、わざとらしく伸ばした()(しょう)(ひげ)の奥から、わざとらしく砕けた言葉が飛び出る。


「ウチの姫若さまも、多分そうとは思っちゃいないだろうよ」


 マイヨールはこれを「並の下僕ではなく主君も認める優秀な家臣だという自負」と受け取った。

 家名自慢の没落貴族に付き従っているような家来は、妙にプライドが高い。プライドだけの輩も多いが、極々まれに中身の伴った者もいる。

 そういった逸材は、しかし他家からのスカウトをにべもなく、ことごとく、はっきりと断り、片田舎で埋もれる道を自ら選ぶ。

 あるいは、己の能力を持って落ちぶれた主家を持ち直させる野心を抱く者もいる。


『この大男はその口だろう』


 それがマイヨールの持つ「常識」が導き出した結論だった。

 彼はちらりと「没落貴族の子弟」を見た。

 剣を持たぬ時はすこぶる気が弱いという「彼」は、「タダの下男ではない男」に縋り付かんばかりにして、ようやっと立っている。……ように見える。


「似合いの主従だよ、全く」


 マイヨールは再び足を踏みならした。

 クレールが不安げに立ちつくす理由は、マイヨールの思うような生来の気弱のためでは、当然ない。

 彼の向かって行く先に、なにやら妙な気配を感じ取っていたからだ。

 それは芝居小屋の外にいたときから感じていた気配だった。


『いいえ、この土地に足を踏み入れたときから、アレは私に影響を与えていたに違いない。でなければ、今朝方あのような悪夢を見るはずもない』


 それが一体何なのか、正体が知れないのが恐ろしく、そして口惜しい。

 彼女はちらりとブライトを見上げた。

 わずかな時間(しゅん)(じゅん)したが、


「連れて行ってください」


 小さく言った。


「野郎の後をついて行けば良いだけのこったろうに」


 ブライトは顎でマイヨールの背を指した。


「彼では……なんと説明したらよいのか解らないのですが……足りないのです」


「信用か、それとも、力か?」


「両方です。あの方は、普通の人間のようですから」


「俺は人間外ですかね?」


 ニタリと笑った。相当に自嘲が混じっている。


「お互いに」


 クレールは少しばかり気恥ずかしげに答えた。


「フン」


 鼻で笑うと、彼は大股に一歩踏み出した。クレールの前方を、ブライトの大きな背中が塞ぐ。

 そのまま歩き出した彼は少しの足音も立てずに進むが、その静かささえ、先を行く劇作家の騒がしい歩き方の数十倍は頼もしい。

 クレールは彼の足跡の上をなぞって進んだ。

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