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「一つの顔を二人が取り合うか、一人の心が二つに分かれてゆくか……。一人二役の……いや、一つ話を裏表から見たヤツを、昼と夜とに分けて、役者はダブルキャストに……」


 つぶやきつつ、木炭を樹皮紙の上に走らせて、何かを書き付けている。


「なるほど、役者トイウヨリハ、見たモノ総てを芝居のネタに結びつけないと気が済まない(しば)()()()の劇作家のほうが本業か。

 自分のトコの団員だけじゃなく、見に来た客にまでつまらないメイワクをかける、どうしようもない()(ほう)だ」


 ブライトは少々呆れ気味に言った。


「聞こえてる。しっかり聞こえてるよ、旦那」


 紙束に目を落としたまま、マイヤーはにやりと笑う。


「いやね、今のネタもだいぶん古びて来たので、すっぱり切り捨ててお終いにしようと思ってたところでして。それには次のハナシが必要だった訳ですが。……まったく若様との出会いは、芝居の女神(ミューズ)のお導きに違いない」


 必要な文字を書き付け終わったらしい彼は、紙の束を丸めて無造作に袂へ押し込むと、揉み手をしながら再度クレールへの接近を試みた。

 マイヤー・マイヨールとてそれほどの()()者ではない。己の行く手が再び「巨躯の下男」に阻まれるであろうし、「姫のような若様」が自分と視線を合わそうともしてくれないだろうことは分かり切っている。

 今度は勢いよく駆け寄ったりはしない。慎重に歩幅の狭い足取りで、ゆっくりと近づく。

 彼の予想通り、ブライトは彼の行く手を阻んだ。

 しかし、エルの行動は彼の予想とは反していた。

 彼女はブライトの背後から出てきた。

 視線はマイヤーの目に注がれている。

 マイヤーの面に愉悦の笑みが一瞬浮かび、すぐに消えた。

 クレールは唇を挽き結び、鋭い眼差しでマイヨールを睨んでいる。


「私めは、なんぞ若様のご不興をかうようなことを申したかい?」


 彼はクレールにではなくブライトに問うた。


「さぁて。姫若さまはガップの殿様のことが大好きだそうだから。多分、あんたが殿様名義のお芝居を『切り捨てる』と言ったのがお気に召さないんだろうよ。

 当然、あんたが殿様の名を騙ったこともだがね」


 ブライトは後頭部をガリガリと掻いた。

 これは「()()が出るほど嫌いな連中」のことを脳の片隅に思い浮かべただけでも起きる頭痛発作を誤魔化し、和らげ、忘れるための癖だったが、マイヨールはそれを知らない。

 彼はただ、『この男も不機嫌だ』と感じたに過ぎない。

 それは間違っていない。

 ブライトはクレールがあくまでもヨルムンガント・フレキのイニシャルに(こう)(でい)していることが不満であり、且つ、それに立腹している自分の(へん)(きょう)さが腹立たしくてならないのだ。


 そういった細かい心情など、マイヨールの知ったことではなかった。大体、この大柄な男に細やかな神経があるということ自体が、彼の思慮の外側にある。

 マイヨールから見れば、普段から主人に振り回されているらしい忠義な下僕は、箱入りで気難しげな田舎貴族よりも、ずっと御しやすかろう存在だった。


『将を射んと欲すれば先ず馬を射よ、か。()(いつ)の不機嫌を何とかすれば、巡り巡って若様のお目をこっちに向けることも、あるいはできる』


 マイヨールは愛想良い笑顔をブライトに向けた。


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