二面性
踊り子の一人がマイヨールのところへ走った。シルヴィーが倒れた、と告げられた彼の発した言葉も、また罵声だった。
「倒れただと!? なんてドジだ、まったく。何奴も此奴も私の邪魔ばかりしくさって!」
マイヨールは役者を兼任する劇作家らしい大仰な身振りで、大きく首を振った。
それによって動いた視線により、彼がクレールとブライトの姿を見つけたことは、彼にとって良い偶然ではなかったと見える。
隠しておいた下品さを見つかった見栄っ張りは、卑屈に、それもやはり芝居がかった作った笑顔を、二人の部外者に見せた。
「どうも、お見苦しいところを」
軽く頭を下げ、彼は軽い足取りでクレールへと駆け寄った。
いや正確に言うと、駆け寄ろうとした、だった。
命の恩人の若様に抱きつこうとした寸前、彼は大きな壁にぶつかって跳ね飛ばされたのだ。
そのまま尻餅をついたマイヨールは、ローブの裾を翻しながら、大きく弾む鞠の軽快さをもって後転し、跳ね起き、つま先で着地した。二回転と半分の独楽のようなターンピルエットを決めて、客人達のいる方向にむき直すと、深々とお辞儀をしてみせる。
最初から台本と振り付けによって決められていたかのではないかと思えるほど、流れるような自然な動作だった。
クレールは彼の身の軽さに素直に感心、ほう、と嘆息した。
ほとんど同時に、彼をはじき返した壁……すなわちブライトが、ふん、と鼻息を吐き出した。
「軽業師なのか俳優なのか踊り手なのか物書きなのか、どれか一つに絞ったほうがいくらかモノになるかも知れねぇってのに」
良く聞こえる独り言を案の定聞きつけたマイヨールは、にんまりと笑う。
「こいつは有難いお言葉だ。あんたはこの私を、多芸多才な逸材と見てくれたってぇことだね。いやあ、さすがにクレールの若様は目の肥えたご家来をお抱えだ」
言葉だけ聞けばブライトに話しかけているようだが、実際マイヨールの視線は最初から最後までエルにのみ注がれていた。
あっけらかんとした、それでいて脂っこい笑顔を見たクレールは、少しばかりの薄気味悪さを感じ、ほとんど本能的にブライトの背に身を隠した。
マイヨールの団栗眼は彼女の行動をなぞって動く。
「鈍い野郎だねぇ」
呆れ声を上げたのはブライトだった。
マイヨールの視線を広い胸板で塞いだ。
「ウチの姫若さまは、お刀ぁ握ってるときは大丈夫でも、そうでないときは酷い人見知りでね。特にあんたみたいに口先達者のお下劣野郎とは、顔を合わせンのも金輪際御免だってのさ」
「そんなお気の弱いお人が、あんな大男をコテンパンに叩きのめしたってのかい?」
マイヨールの言動は、どれもこれも芝居がかっている上に誇張が大きい。
彼の事実と違う発言に踊り子達が歓声を上げ、熱い視線を送るのにクレールは辟易した。
しかしブライトは、
「そんなお気の弱いお人が、あんな大男をコテンパンに熨たのさ」
マイヨールの言葉をほとんどそのまま鸚鵡返しにした。
「これはおもしろい。まるで、同じ顔をしたまるきり別の人間が二人いるような」
マイヨールの手が、ローブの袖に引っ込んだ。すぐさま出てきたそれは、ぼろぼろの紙束とリボンを巻いた細い木炭を一本つかんでいた。