エル=クレール・ノアールの起床
カビ臭くほこりっぽい空気が、ゆらゆらと揺れている。
朝日がまぶしい。
エル・クレール・ノアールは子犬のように頭を振った。白髪のようなプラチナの長い髪が、さらさらと揺れる。
翡翠色の瞳を覆う瞼が少しばかり腫れあがっていた。白目は充血している。
彼女は利き手の甲で眼の当たりをこすり、無理矢理の瞼を持ち上げた。
背伸びをすると、安っぽいベッドがギシギシと悲鳴を上げた。
その足下の、艶のない板床の上に、黒みを帯びた黄茶色の頭髪が、丸まった針鼠の格好で転がっている。
頭は太い首で幅の広い肩に繋がり、その下に広い背中があり、がっしりとした足腰がある。
彼女の旅の道連れは、脂汗をかきながら臍の下を押さえ、うつ伏してうずくまっていた。
「全く、寝相の悪いオヒメサマだ」
その男、ブライト・ソードマンは床とキスをした格好のまま、口惜しそうに喘いだ。
エル・クレールはあくびとため息で呼吸すると、不自然に空いた間着の胸元を綴じ合わせる。
「ああ、合点がいきました。夢見が悪かったのはあなたのせいですね」
「俺サマはただ、お前さんがあんまり寝苦しそうだったから、襟元を開けば息がしやすいだろうと、親切をしてやったンだぞ」
言い訳しながらブライトは、床から顔を引きはがした。
彼が相棒と呼ぶ「男の身形をした娘」の目元には、どう身贔屓してみても「寝起き故の不機嫌」から来るものではなさそうな痙攣がある。
『この娘は怒らせると怖い』
現に、つい今し方、易々と投げ飛ばされた自分の身を思い起こし、ブライトは慌てて話題を変えた。
「時に、俺らは素泊まりで、朝飯は宿の外で喰うことになるんだが、どうやら近くに飯屋は一つしかねぇときてる」
精一杯に清々しく、しかし引きつった笑顔を向けると、エル・クレールのこめかみから痙攣が消えた。
「ではとりあえず、一度この部屋から出て頂けますでしょうか? 着替えをしますので」
彼女の表情からは、怒りであるとか、怪しみであるとかいう負の感情は読みとれない。
ブライトは安堵し、つい、軽口混じりの本心を口にした。
「おお。じゃあ下着の着付けを手伝ってやろう」
「ご親切、痛み入ります」
意外なことにエル・クレールは破顔した。ただし、その笑みは水晶の仮面のように、硬く冷ややかだ。
「ただ思いますに、次は床に倒れ込むだけでは済まないでしょう。私は『いらぬものは窓から投げ捨てよ』と言われて育ちました。……そう、確かこの部屋は三階で、窓の外は石畳だったと記憶していますが、これは私の憶え違いでしょうか」
ブライトは黄檗色の瞳を見開いた。
彼の相棒は冗談を言うことを苦手としている。口にしたことの大半は実行しないと気が済まない質だ。
彼は慌てて部屋から飛び出していった。