白百合にも勝る
つまりは、衣裳のまま使いに出されたということだが、
『そんなことがあるものなのだろうか』
クレールは首をかしげた。
だが今はそれを考えている場合ではない。
彼女は娘を抱えてあたりを見回した。
「楽屋口へ運んであげた方が良いでしょうね」
クレールが言うと、ブライトは
「そりゃそうだ」
芝居小屋の裏手に向かってさっさと歩き出した。
娘を抱きかかえたクレールがその後に続く。
小屋の裏手では、端役と裏方をかねているらしい劇団員が二人ばかり、忙しげに小道具の修繕をしていた。
これも男装束を着ているが遠目にも娘と解った。
端役の踊り子たちは、小道具の上に射していた日の光が、大きな人影に遮られたことに腹を立て、声を荒げる。
「誰さ! そんなところに突っ立たれたら、手元が暗くなる! こっちはやらなくても良い手直しまで押しつけられてるんだ。邪魔するんじゃないよ! この木偶の坊め!」
他の団員がやってきたのだと思ったのだろう。少々口汚く言い、眉をつり上げて振り仰いだ。
ところが、そこに立っていたのは、くたびれた旅姿の、見たこともない大男だった。
後ろには小娘を抱きかかえた誰かが立っているが、逆光の中にあって、二人とも顔かたちがはっきりしない。
彼女たちは、さながら盗賊に出会ったかのごとく、弾けるように修繕中の小道具を投げ出し、二人肩を寄せ合って抱き合って震え出した。
そのうち一人が、後ろの人物が抱えているのが自分たちの仲間であることに気付いた。
「このサンピン、うちのシルヴィに何したのよぅ!」
おそるおそるではあるが、良く響く大声だった。
芝居小屋の中にもこの声が通ったと見える。
常設の劇場などない場所で公演する旅回りがかける巨大なテントは、だいぶんくたびれた綿布で覆われているのみであるから、外の声もそのまま内側に聞こえているのだろう。
何人かが、天幕の裾をそっとめくって様子をうかがう。
頭を突き出し、あるいは顔の半分だけを覗かせるその団員達は、ことごとく女性だった。
その内の一人が目玉を覗かせた天幕の裂け目は、ちょうど外の娘たちが言うところの「サンピン」の真横にあたった。
まぶしい陽光の影響を受けなかったその娘が、嬌声を上げた。
「きゃぁ」
中の者の大半がその「裂け目」に群がったのが、外に立つ「サンピン」……クレールとブライトにもすぐに知れた。
天幕のその一点だけがふくれ上がり、ぼろ布の表面に手や顔の型が浮かんだり引いたりしている。
クレールには何事が起きたのかさっぱり解らない。
きょとんとした彼女の耳元でブライトが、笑いをこらえて
「姫若さまの毒気の中毒患者が、ざっと十人は増えましたぜ」
下男の振りの口調のまま言う。
「私は……」
不機嫌と困惑をはき出そうとするクレールに、ブライトは口調を普段に戻し、小声でささやいた。
「おまえさんという人間が悪ってンじゃぁねえよ。あいつらは、奇麗な者が綺麗な者を抱いているってぇ『絵』に中てられてるのさ。
そういう、普通の暮らしン中では滅多にない、どっちかってぇと廃退的な匂いのする光景って奴が、あの中にいるような若い娘達の好みなだけさね」
クレールは小さく頭を振った。
「理解しかねます」