鬼か人か化け物か
彼女が返事も反論もしないことを、ブライトは不審がらない。
筋のいい弟子で、負けられない好敵手で、可愛い妹分で、からかうとおもしろい玩具で、見込みの薄い片恋の相手で、信用する相棒である彼女の考えていることは、すべてお見通しのつもりでいる。
この「つもり」の半分ほどはどうやら的を射ているが、残りは過信であり見当違いだった。
ブライトはクレールが
『見えなくなっていたものが、急に見えるようになった』
状態だと見ている。
『真っ暗闇に目隠しの状態を不安がっていたら、唐突に炎天下に突き出されて目がくらみ、困惑している』
ようなものだ、と思っている。
それならば放っておいても問題はない。直に目も慣れる。むしろ、喜ばしい。
「快気祝いに芝居にでも連れて行ってやろう」
ブライトはニタリと笑った。
「早々にこの村から立ち去るおつもりだと」
クレールは小さな声を出した。
「最初はそのつもりだったがね……あんな処に妙なモノを見ちまったからには、そうもいくまいよ」
ブライトのあごが、芝居小屋の方を指した。
彼の立ち姿は、相変わらず疲れ果てた下男そのものだったが、しかし口ぶりには普段通りの力強さがあった。
この声音を聞いて漸くクレールは、彼の「力ない足取り」が、落胆のためではなかったのだと気付いた。……彼はここまでの道筋で、ずっと演技を続けていたのだ。魯鈍な従者の役を。
そのことはしかし、クレールにはどうでも良かった。それよりも、
「観劇なさるということは、あの勅使の方と同席すると言うことですよ?」
貴族嫌いのブライトに、クレールは念を押す。
「連中が来るのは、宵の口になって『連中に見せるための芝居』の準備ができてからだろうよ。こっちは、その前にあのテントの床下を覗いて、すぐにオサラバって段取りさ」
「つまり、お芝居は観ないと?」
クレールは少々落胆した。同時に少しばかりの不安を感じた。
ブライトは「覗く」などと気軽に言ったが、おそらくその程度では済むまい。
グラーヴ卿の一行が「視察」に来るまでの間に
『事が済めばよいのだけれども』
それを口には出さず、彼女はブライトの顔をじっと見た。
すると、
「芝居に行くとは言いやしたが、観るとは言っちゃいませんぜ、姫若さま」
ブライトは急に口調を変え、恭しげにぺこりと頭を下げる。
その頭がわずかに動いた。彼女に背後を見るように促しているのだ。
クレールは体ごとくるりと振り向いた。
背が低く、痩せた「大人の格好をした少年」が一人、立っていた。