アンチにしてビリーバー
女神像が見下ろす場所に、芝居小屋が掛けられていた。円形広場の半分を占める大きさは立派だろうが、テントも旗指物もみなあちこちに継ぎを当てなければ使えない代物だ。はっきり言えばみすぼらしい。
「こりゃ『末生り瓢箪』から一筆もらっているようにゃ見えんな」
ブライトがつぶやいた。声音に安堵が混じっている、とクレールは聞いた。
嫌悪し、唾棄する相手にかけられていた疑念が晴れたのを、彼はむしろ喜んでいるに違いない。
しかしそう指摘すれば、きっと
『それほどの才能があるくせに、兄貴に逆らうような度胸のある男ではないから、嫌いなのだ』
などと、もっともらしい言い訳をするだろう。
『つまり、この人は排斥者という名の信奉者なのだ』
クレールは彼が「フレキ叔父をある意味で信頼している」ことを嬉しく思ったが、それを隠して、
「そのことを確かめるために、わざわざ?」
その問いに対する返事はなかった。
彼はクレールに背を向け、絡まった針金のように強情そうな髪の毛に覆われた後頭部を、ガリガリと掻いた。
「普段なら、おまえさんのそういう鈍さがたまらなくカワイイんだが、今日はそうも言ってられンね」
軽口のようにブライトは言うが、言葉の端になにやら重苦しいモノがあった。
「私が、何か『見落として』いる、と?」
クレールは彼の左に並ぶよう一歩前へ出ると、彼の視線をなぞった。
背を丸め、うつむき加減で立つ彼の目は、地面に落ち込んでいる。
見える地面ではない。芝居小屋の薄汚れた「壁」を突き抜けた先の地面だ。
人間の視力では、そこに何かを「見る」ことなど無理なことだろう。ブライトの「目」とて、何かを「見ている」訳ではない。
だが、彼はそこに「何かある」と感じている。
心眼だとか勘だとか第六感だとか、そういう「能力」じみたモノが、そこにある何かの存在を感じ取らせている。
その手の「能力」の鋭さだけを言えば、実のところクレールの方がブライトよりも優れている。
彼女のそれは、鋭く細く、そして力強い刃さながらに鋭敏だ。
無人の屋敷や戦禍の跡に息を潜め、姿を隠し、あるいは人間になりすましている魔物がいたとして、彼女はその存在を感じ取ることができる。
ブライトは彼女の勘の鋭さに何度か助けられたし、それが正しく働いている限りは深く信用している。
信用しているが、信頼はしていない。
なぜならそれは時として、見えている物にさえ気づかないほどの酷い「なまくら」になるからだ。
クレールは自分の感覚が不安定なことを心苦しく思っている。
彼女はブライトが「何かを感じ取った」その場所をじっとにらんだ。
そこに何も発見できないことが情けなく、口惜しい。
「今日は特に間の抜け方が尋常じゃねぇな。……『末生り瓢箪』の名前にゃ、そんな役に立たない『御利益』があるのかね?」
ブライトがからかい半分に言う。
「あの方の……叔父上の所為ではありません……多分」
反論するクレールの語尾は弱々しかった。
「多分? 他に何か……」
言いかけて、ブライトは口をつぐんだ。
クレールの全身が粟立っていた。