確認作業
クレールが思うに、ブライトはヨルムンガント=フレキ・ギュネイの名以上に、皇帝の勅使達のことを良く感じていない。
そもそもこの男はギュネイ帝国が嫌いであると同時に、役人という人種も嫌っている風雅ある。
よく働く小吏は別として、虎の威を借る狐のごとく威張り散らすばかりの連中に対しては軽蔑以外の感情を抱くことはない。
だからこそ、そういった連中をからかっては面白がるのだが――。
ともかく、そのような気質の男であるから、皇帝の勅使などという「特級品の虎の威」を借りているグラーヴ卿の一行と、一緒に芝居小屋の中に入ることなどは、
『もってのほか』
の筈だ。
クレールはふらふらと進む男の背中に、小さなため息を投げかけた。
道は村の中心の広場に向かっている。そこは祭りのメイン会場であり、件の旅一座が芝居小屋を架けている場所でもある。
大通りを歩けば、どうしても足がそこに向かう。仕方のないことだ。この街道は村の真ん中、広場を横切って突き抜けて通る一本道だ。
脇道はいくらかあるようだ。それでもそれをくねくねとしたたどってゆけば、結局はこの本通りに戻ってくる。
集落を避けてゆくか、畑の作物を踏み荒らして突っ切るのでなければ、中央広場を通らないことには村を抜けることができない構造だ。
逆を言えば、畑や他人の家屋敷の庭先を無礼にも突っ切ってしまえば、この道を通る必要はないということになる。
いつものブライトであれば、そういった無礼千万なルートを選ぶことを厭わない。
そしていつもであれば、クレールがこれを止めるというのが順序だった。当然、普段通りの彼であれば制止を無視して進む。あるいは、抗議する彼女を無理矢理に抱え上げるなり担ぎ上げるなりして、あぜ道や畝の間を駆け抜けたに違いない。
ところが、今日に限って彼はそういう破廉恥だが理にかなった道を進まなかった。
『もしかしたら、本通りを最短ルートとみているのか』
少しばかり疑問におもいながら、クレールは彼の後に従って歩いた。
道なりに進むと、やがて村の中央広場へたどり着いた。
村の人口規模には似合わぬが、田畑の面積などを合わせた広さを考えれば妥当な大きさをもつ円形の空間の真ん中に、岩に彫りつけた素朴な女神像が高々と立っている。
この村は前朝以来「山の恵みと狩猟の女神スカディ」を村の守護者として祀っている。
彼女の縁日の祭りが近郷に比べてことさら盛大に行われるのも、村人達が時として女神と混淆される初代皇后クラリスに深い親愛の情を抱いているのも、それ故のことと考えれば頷ける。
クレールは、
『彼はそのまま像の前を抜け、広場を貫き通り、街道を進んで村から出る』
ものだとばかり思っていた。
ところが彼は、女神像の足下でぴたりと歩を止めた。
クレールも足を止めざるを得ない。
彼は背中を丸めたまま、広場をぐるりと見回した。