奇妙な存在
実際、クレールは自分が「奇妙な生き物」であると言うことを自覚している。
もし己が男であったとして、己のような娘を妻にせよと言われたとしたら、
「逃げ出すに違いない」
と確信していた。
古い家柄の貴族の娘であるクレールは、古い家柄の貴族の娘らしく、「婦人」という言葉に、
『穏やかで従順で、おおらかでたおやかで、賢くて優しい人』
という定義を持っている。それはつまり、
『私の母のような人こそが、真の貴婦人である』
ということであった。
その考えからすれば、血の気が多くて強情な化粧気のない自分自身は、
『奇妙な生き物』
以外の何者でもない。
なにぶん彼女は封建社会の姫君である。その常識を覆すことはそうそう簡単なことではなかった。
その常識を持っていながら、しかし、彼女は男装や剣術を止めてしまうことができない。
それは彼女の真面目な性格の故だろう。
女として生きるなら、己の思うところの「理想の女性(つまり母親のような良妻賢母)」であらねばならないと考えている。
しかし自身がその理想の女性像に近づくことは、
『感情の起伏が激しくて、自己主張が強くて、背ばかり高くなるのに少しも大人と認めてもらえない己には、到底無理なこと』
に他ならなかった。
ブライトは恨めしそうな上目遣いをクレールの含み笑いに向けた。
「耳がイイ上に性格もイイと来てやがる」
彼は幽鬼のごとく両肩をだらりと落とし、身をかがめて大通りへ歩き出た。
あからさまに様子が怪しいのだが、道行く人が彼に気を止める風はなかった。
人々には村で唯一の呑み食い屋が酒をタダ酒を振る舞っているという「事件」だけが見えている。
仮に彼に目を止めた者がいたとしても
「振舞酒を飲み過ぎた酔っぱらい」
に見えることだろう。
確かにそう見て取っておかしくないふらふらとした足取りで進むブライトの後を、クレールもまたゆっくりと付いて歩いた。
『この騒ぎに乗じて、村から出てゆくつもりでしょうね』
クレールは少しばかり残念に思っていた。おそらくは本人のそれではないだろうが、好意を持っている叔父の名前が作者として掲げられている演劇を、観てみたかった。
たとえブライトが拒んでも、無理矢理に芝居小屋に入ってしまえばいいと(そうすれば、彼は文句を言いながらも一緒に観劇してくれるだろうとも)考えていた。
それもこういう状況になっては無理だろう。