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好敵手

 ブライト・ソードマンは「剣士としてのエル=クレール・ノアール」を女子供(おんなこども)として軽んじてあつかってなどいない。

 教導はしているが、弟子であるとも思っていない。


 剣士クレールは、自分を脅かす強さを持つ存在ではない。

 だが、絶対に負けられない相手ではある。彼女と自分との実力差が詰められるようなことはあってはならない。


 故に、もし彼女の剣技が一段階上達したなら、己も今よりさらに一つ腕を上げねばならない。


 これは師弟と言うよりはライバルの関係に近い。


 兎も角。


 剣術において、クレールとブライトの技量には(かっ)()(れき)(ぜん)とした「差」がある。

 稽古をしていても、ブライトが彼女の打ち込みをかわせないことはない。今までに一度もそんなことはなかった。

 もちろん、剣を使わぬ格闘術でも同様だ。

 ブライトがクレールに投げ飛ばされたり、締め落とされたり、殴りつけられたりすることなどありよう筈もない。……武術の上のことであれば。


 ところが、彼が彼女の肉体に「愛情を持って(これは彼の言い分に過ぎないが)」触れたときに彼女が繰り出す攻撃に限ってはそうではない。

 避けることも防ぐこともできず、朝方のように投げ飛ばされ、今のように頬桁を殴られる結果となる。

 このことに彼は悩んでいる。

 避けられないはずはない。となれば、避けていない、ということになる。

 ならばなぜ回避行動を起こさないのか――それが解らない。

 ブライトは彼女の攻撃を甘んじて受ける自分自身を(いぶか)しんでいる。


 時折、自分が無意識に『殴られたいと望んでいる』か、あるいは『殴られること喜んでいる』のかもしれぬと考えが及ぶこともある。


 好いた相手に殴られることを快楽と感じる人間がこの世にいるという話を、どこかで聞いた覚えがあった。

 あるいは自分もそういった性癖を持っているのだろうか。

 で、あるとすれば……


「変態か、俺は」


 思い悩みが口をついて出た。あわてて口をつぐんだが、それを耳聡く聞きつけたエル・クレールは、一言、


「やっとご自覚なさったのですね」


 実にうれしげに言った。

 このときのブライトを表現するのに、


「体中の関節という関節がすべてはずれたような」


 という比喩は決して大仰ないだろう。


 彼は脱力しきった状態でようやく立っていた。

 うつむいて、口の中で


「男の格好をしている娘の方が、世間様じゃよほど『変態』扱いされるってぇのに」


 などという繰り言をモゾモゾとつぶやいている。


「自覚してますから、私は」


 クレールはくすりと笑った。

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