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クレール・光の伝説「いにしえの【世界《ル・モンド》】」  作者: 神光寺かをり


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無駄遣いと必要経費

「やれやれトンだ無駄遣いをしたもンだ」


 大きく伸びをしてみせるブライトの鼻先に、クレールの掌が突き出された。


「出費をさせられたのは私の方です」


 女の手としては骨太だが、剣士としてはほっそりとした指が、きっちりとそろえられている。


「あなたが()()の真似事をなさるとは存じ上げませんでした」


 彼女が真顔で言うので、怒っているやら、あるいは感心しているのやら、ブライトにも判別ができない。


「どう転んでも貧乏人丸出しの俺の又袋からアレが出てくるよりも、同じ貧乏そうな(なり)でも間違いなくお貴族様に見えるお前さんが持っているものって具合に見せた方が、それらしく見えるってもンだろう?」


 ある種の正論をブライトは半笑いしながら言う。クレールの表情は変わらない。

 ただ、彼が「()()取った」彼女の物入れを返して欲しいと主張している事は確かだ。そろえられた指が掌が反り返るほどピンと伸びる。

 ブライトがその上に小振りな革袋を乗せると、クレールは中を確認することもなく腰帯に結びつけた。


「……言うことがあるンじゃないのか?」


 無言を通す彼女に、ブライトは少々意地悪そうな声を掛ける。


「状況を打開してくださったことには感謝しています」


 あの時、田舎者の従者のフリをしたブライトが、「姫若様は事の後先を考えずに飛び出すのが悪い癖」と言ったが、それは


『間違ってはいない』


 と彼女自身が感じていることでもあった。そして


『おそらく、あれはこの人の本音だろう』


 とも思っている。

 クレールには件の「身分証」を出して相手を引かせる等という手段は、思いも寄らないことだった。よしんばそれを思いついたとしても、あの体勢ではイーヴァンの剣を押さえ込むのが精一杯で、腰袋から物を取り出す余裕はなかったのだ。

 だから彼の機転には感謝している。

 知恵の回り方が(うらや)ましいとも思う。

 その方面の思慮が足りない自分が情けなくもある。

 それを彼に見透かされ、いつまでも子供扱いされるのが口惜しい。

 だからこそ、そんな風に考えていることを悟られるのは恥ずかしい。


 クレールは口を真一文字に引き結び、むしろブライトの顔を睨むように見た。

 彼女の「自己嫌悪」の深さに、ブライトは気付いていなかった。ある程度「反省」はしているだろうと思ってはいるが、彼からしてみれば悩むようなことではないからだ。

 彼女が先走れば自分が始末する。それは彼にとって当たり前のことだった。

 特にああいった「事件の場」では、彼女の直情的な行動が良い「作戦」にもなるから、むしろ焚付けるような真似もする。

 だからブライトは軽い調子で、


「じゃあ、それで今回の無駄遣いは、チャラ、ってことで」


「私は無駄とは思っておりません。あの騒ぎを収拾するには、幾ばくか(きん)()を出すのが一番良いことでしょうから」


「俺の(のみ)(しろ)は渋るくせに」


 茶化すように言いながら、ブライトは感心していた。


『大分世間慣れしてきた』


 少し惜しい気もする。世間知らずのオヒメサマは世間知らずのまま自分の掌中にしまっておきたい。


「それこそ無駄遣いです――それより」


 顔を上げたエル・クレールは、にこやかに笑んでいた。ブライトの背筋に、何やら冷たい物が走る。


「私の()(いど)を何やらがまさぐったような気がするのですけれども、あれは一体どなたの(てのひら)だったのでしょうね?」


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