提案
ブライトは自信に満ちた、しかし小さい笑顔を頬の上に浮かべて、ちらりとクレールを見た。
クレールは渋々頷いて返す。
人々にはおそらく、
『主人の心中を代弁している『つもり』の従者が、自分の話しぶりに不安を感じたので確認したところ、主人は従者の愚鈍さに呆れながらも間違いがないことを認めた』
といったやりとりに見えたであろう。
実際はそのように思わせようという演技だった。
主にブライト・ソードマンの演技力の賜物と言えるが、現に回りの者たちはそのように受け取って暮れている。
だが事実はむしろ逆なのだ。
『任せておけ、口を出すな、同意しろ』
これがブライトの笑顔が示すものであり、
『勝手にどうぞ、言葉もありません、本当に困ったヒト』
というのがクレールの頷きの意味だ。
その奥には、
『止めたところで無駄なこと。あの人は私ことなど子供扱いで、意見しても聞き入れてくれないのだから』
という諦めじみたものが隠れている。
こうして不承不承ではあるがクレールの同意を得たブライトは、笑みを大きくしてグラーヴ卿へ向き直った。
卿は相変わらず冷たく微笑している。
「結論をお言いなさい」
「中身を確認してからにしたらどうでやしょう?」
「あらすじは聞いているわよ?」
「それそれ、そこが難しいところでさぁ。芝居というのは、実際演じてみないことにはわからないモンだっていいますよ」
ブライトは真面目ぶった顔つきになって、
「例えば台本ホンに『愛おしげに微笑む』ってぇト書きがあったとしやしょう。
それを十人の役者に演じさせても、みんな同じように笑ったりやしないもンです。
嬉しそうに微笑むヤツもいるだろうし、ちょぴっと涙を浮かべるとか、とろけるような色っぽさで笑うヤツもいる」
ちらり、と、戯作者マイヤー・マイヨールの顔色を窺う。小刻みに震えるような頷きが返ってきた。こちらの同意も得ることに成功したブライトはニンマリ笑い、続ける。
「つまりね、旦那。芝居ってぇのは台本だけで判断しちゃぁいけないモノなんで。
実際に幕が上がってから締まるまで、通しで見ないとホントウの事が見えてこない代物なんですよ。
ましてや、葉っぱも根っこも取っ払ったあらすじだけじゃ、何も判りゃしない」
「つまり、アタシは何も理解していないってこと? ……言ってくれるわねぇ」
グラーヴ卿は鼻先で笑った。
ブライトは大仰に首を縦に振って返す。
「旦那だけじゃありあせん。オレっちも、ウチの姫若様も、ここの三文役者だか三文文士だかが悪いかどうかさっぱり判っていない。
ですからね、旦那。こいつを踏み潰そうっておっしゃるんなら、圧倒的に悪いってのをお確かめになってから、ブチュっと踏み潰してしまえばいかがですか、ということで」
「正論だわね」
グラーヴ卿は冷ややかな視線をマイヨールに突き立てた。
尻餅を突いたままの彼は、生唾を飲んで言葉を待った。