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演技力

 小柄な剣士は総じて身が軽い。

 この「小僧」もあっという間に己の懐の内に飛び込んで来るに違いない。

 しかもこの「小僧」は腕一つで己の一撃を押さえ込んだ力量を持っている。


 イーヴァンの脳裏に、抜き払われた細身の剣が、しなりながら弧を描く様が浮かんだ。

 彼は彼の主君の顔色を窺った。

 グラーヴ卿の暗い眼差しは、突然現れた見知らぬ人物に注がれている。


「柔よく剛を制すなんてコトバ、今まで信じていなかったけれども、実際にあることなのね。感心だわ、坊や」


 赤い唇の端が、少しばかり持ち上がった。


「でも、あまり面白くはないわね。だってそうでしょう? 坊やは不敬な輩をかばっているのだもの」


「害成す虫とて、場所もかまわずただ踏みつぶしてよいとは限りません。

 断末魔に(けが)れた飛沫(しぶき)をまき散らし、お召し物を汚されては、閣下もますます面白くないでしょう」


 エル・クレールは視線を一瞬だけ尻餅を突いている男の顔に落とした。

 見られたマイヨールには、その眼差しがまるで二つの濡れ光る翡翠(ジェイド)の珠のように見えた。(なま)(つば)を飲んだ。

 グラーヴ卿もやはり一瞬彼を見た。マイヨールにはこちらの眼は小さな赤鉄鉱(ヘマタイト)の鏡に思えた。何故か背筋が寒くなった。


「一理あるわね」


 視線をエルに戻したグラーヴ卿は薄く笑い、


「けれども、アタシには身に穢れが降りかかろうとも、毒虫を踏み潰さねばならない義務があるのよね」


 小さく頸を傾けた。頭の横に双頭の蛇を縫い取った、重そうな旗指物が揺れている。


「坊やにはそれを止めるだけの権限があって?」


「それは……」


 言葉に詰まったエル・クレールは、直後、金属がふれあう小さな音を聞いた。同時に己の尻に何か硬さのあるモノが触れてもぞりと動くのを感じた。

 そして、そのもぞりと動いたモノが大声を出した。


「ハイ、旦那様。どうもオレっちの姫若様は血気の盛んなもので、ええ。こんなに綺麗な顔をしているってぇのに……それですから姫若様なんて呼ばれるンですけれど」


 大柄な男が一人、卑屈に頭を下げながら、腕を振り上げていた。

 ブライト・ソードマンである。

 満面に人当たりの良さそうな笑みを浮かべた彼は、広い肩幅を窮屈に縮ませ、高い上背を無理矢理に丸めて、不自然に身を小さくしている。


「兎も角、オレっちの姫若様は、事の後先を考えずに飛び出すのが悪い癖で、後を始末して歩くのが、そりゃもう苦労で苦労で」


 節くれ立った手の中に、金属の塊が一つあった。平べったい台座は銀色で、表面に緻密で豪華な意匠が彫り込まれている。

 その意匠はグラーヴ卿の頭の後ろで揺れる「錦の御旗」に描かれた紋章とよく似たデザインだった。

 いや、よく似てはいるが、しかしよく見ると大きく違う。

 卿の持つそれは双頭の蛇を描いているが、ブライトの持つそれは双頭の龍……蜥蜴(とかげ)じみたそれではなく、(たてがみ)と手足を持つ蛇のような格好の……を描いている。

 グラーヴ卿は頬骨を覆う皮膚をひくりと痙攣させた。しかし、


「あら、ご同業?」


 訪ねる声音に動揺らしきものは感じられない。

 エル・クレールは小さく


「そんなところです」


 と答え、その傍らでブライトは、道化人形のような笑顔のまま二度三度うなずいた。

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