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言葉をもてあそぶことを生業とする男

「フレイドマルの一座の者かえ?」


 ヨハネス・グラーヴ卿の下問に、件の小男は、


「ハイ、閣下。マイヤー・マイヨールと申します。お見知りおきを」


 再度深々と頭を下げた。


「そう、お前がマイヨールなのね。聞いたわよ、ずいぶん面白い台本(ホン)を書くそうじゃないの」


 甲高く、鼻に掛かった、ざらついた音のするグラーヴ卿の言葉を聞き、マイヨールは頭を下げたまま口角だけをひくりと持ち上げた。


「光栄です、閣下」


 社交辞令に対する返答は、少しばかりこもった声だった。


「でもこれは良くないわね」


 グラーヴ卿は筋張った細長い指で壁を指した。


「良くありませんか?」


 マイヨールは下げた頭を少しばかり後方にひねり、グラーヴ卿の指の先にあるポスターをちらりと見る。

 グラーヴ卿はクスリと笑った。


「勘違いおしでないよ、マイヨール。お前の書いたもののできが良くないという意味ではないからね。

 だいたいアタシはまだ舞台を観た訳ではない。大筋は聞かされたがね。

 ……お前の所の座長には困ったものだよ。観る前の客にネタをばらしてしまうのだから……。

 ともかく、あらすじだけでは脚本の良し悪しは言えたものではないものね。ただ……」


「お題がマズイ、とおっしゃる?」


 マイヨールの頭がまたひょこりと持ち上がる。満面の笑みが、自嘲かあるいは自信か、それとも胡乱の故なのか、彼自身以外には図りかねた。


「お前、判っていて演っているのかえ?」


「手前は理解しているつもりでございますよ。今の天子様のことも、前の天子様のことも、お芝居にするには、充分、十二分の注意が必要でございます。

 座長がどう思っているのかは存じませんが」


「確かにあの男は理解力が足りなそうね」


 頭を掻きながらニヤリと笑うマイヨールに、グラーヴ卿は冷たい微笑を返し、続ける。


「でもお前の理解力も知れたものではないわ。

『判っていて演っている』と言うのなら、尚更よ。アタシたちの言いたいことがお解り?」


 マイヨールの顔からにやけた笑いが消えた。彼は折り曲げていた腰をすっと伸ばした。


「天子様からの許可証が降りていない、とおっしゃるのでしょう?」


 彼は悪びれもせず、むしろ胸を張っている。


 グラーヴ卿はその堂々たる態度にどうやら嘆息した様子だ。が、腹を立てた者もいる。


「判っているだと!? 判っていてなお、故意を持って罪を犯そうとは、この愚かな確信犯めが!」


 イーヴァンは上半身のみを前に突き出して喚いた。剣も抜かず、飛びかかりもせぬのは、相変わらずグラーヴ卿が腕一本で制止命令を出しているからである。


「確信犯、ね」


 マイヨールは吹き出した。無知なるものへの蔑みに満ちた目で、彼はイーヴァンの真っ赤な顔を見据える。


 見られたイーヴァンの脳天から湯気が噴き出した。どうやら彼は自分が戯作者風情に小馬鹿にされているらしいということは判ったようだが、なぜあざ笑われているのかまでは理解できていない。

 反論する術もない様子で、ただ頬の肉を痙攣させている彼に、マイヨールは(うやうや)しく頭を下げた。


「イーヴァン様とおっしゃいましたか。殿下がどういうおつもりで私あたしをそうお呼びになるのかは存じませぬが……。

 ええ、確かに手前は確信しておりますよ。こうすることが良いことであると、むしろこうせねばならぬと確信して行動しているのです。

 このことが世間で罪と呼ばれるかどうかまでは考え及びませぬが、もしそうであれば、正しい意味で確信犯(義賊)でございますよ」


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