錦の御旗を掲げる者
先頭は細身で洒落者の四十男に見受けられた。
大きな羽根飾りを付けた帽子をかぶり、金糸で縁を縫い取った赤い外套を羽織っている。
帽子の下の顔は青白く、薄い唇は妙に赤い。眼窩は黒く沈んだ色に縁取られている。頬にも顎にも髭はない。
その半歩後ろに肩幅の広い若者がいた。
ぴったりとしたタイツに丈の短いジャケットを合わせ、宝石で柄と鞘を飾った長剣をぶら下げている。
赤ら顔は少年のように幼い。それでいて頬から顎にかけて髭を生やしている。
もっとも、その髭は産毛のように柔らかで、長さも生え方も不揃いなものだから、逆に子供の背伸びのように見えている。
彼らの左右と背後には、折り目正しい服を着た従者達が五人ほど、背筋を伸ばして経っている。
貴族であることは明白だ。
それも暇をもてあました田舎の貧乏貴族ではない。中央か、あるいは地方であっても、かなり重要な役職に就いている実力者であろう。
そうでなければ殿軍の従者が皇帝の紋を縫い取った「錦の御旗」を掲げて歩くことなどできはしない。
身動きできないほど混雑していた店内に、ざわつきを伴った一筋の道ができあがった。始点は錦の御旗、終点は言うまでも無くポスターの貼られた壁際である。
騒ぎ、暴れていた二人の農夫は、人々が発するただならぬ空気に怯え、這うようにしてその場を離れた。
残された小柄な男は、むしろ胸を張った。突然現れた高貴な訪問者に笑みを投げかける。
客たちの視線は立派な貴族と小柄な男の間を泳いでいる。
クレールの瞳もまたその二組の間を往復した。したが、すぐにそこを離れた。彼女の注意は自分の連れの表情に引かれた。
彼の顔には、他人の作った落とし穴を物陰から眺めている悪童の笑みが浮かんでいる。
「頭痛はしないのですか?」
大嫌いなギュネイ皇帝の紋章を目の当たりにして……と、呆れ声で訊ねる彼女に、ブライトは
「するさ。反吐が出そうだ」
笑んだまま答える。
「また何ぞ企んでいらっしゃるのですね」
「人聞きの悪いことを言うな、何も考えちゃいねぇよ。今ンところは、な」
尖った犬歯の先が唇の端に顔を出した。底意地の悪い笑顔のまま、彼は例の小柄な男の側に眼をやった。
「あの小賢しそうな小僧が『お貴族様』をどうあしらうか『拝見』してからでも遅かねぇだろうよ」
「お気の毒だこと」
エル・クレールは貴族達のほうを見てつぶやいた。
あの小男はおそらく田舎劇団の宣伝や交渉事の担当だろう。
『ブライトの言うように、長い間フレキ叔父の名を騙って興行を続けて来たとするなら、嘘がばれぬように策を巡らせることができる要領の良い者が団員の中にいるはず』
ふと、脳裏に父の祐筆の青白い顔が浮かんだ。