責任の取り方、詫びの入れ方
ブライトの瞳が赤く光って見えた。
クレールの心臓が、一瞬、停止した。
背筋に冷たいものが走った。
自身の白い指の付け根に残された細い一筋の刻印が、彼の瞳の中に映り込んでいるのだと気付くまで、そして得体の知れない不安に塗れた安堵が心臓に力を与えるまで、瞬き一つの時間も掛からなかった。
頬の肉が強張り引き攣れていると感じながら、クレールはようやく一言、
「本当に……」
吐き出した。
「テメェの浅慮が悪ぃってのは確かだが、幾許かはそいつの所為だってことにしてくれれるンなら、いくらか気が楽になる……。
情けねぇハナシだがな」
ブライトの頬がゆるむのが見えた。クレールの心臓を取り巻いていた不安が、僅かに晴れた。
「そういうことにしていただければ、私も自分の不甲斐なさが幾分か気にならなくなります」
強張った笑顔のままクレールが言うと、ブライトは顔を上げ、笑みを大きくした。
作り笑いではない、どこかはにかんだ少年じみたところのあるその笑顔は、クレールの不安を晴らすのに充分な力を持っていた。
ブライトが利き手に握っていた模造刀を左の手に持ち直したことに、他意を感じ取れなかったのはそのためだった。
単に、仕舞うつもりなのだろう、程度の認識しかなかった。彼らしく、乱暴でいて無駄のない所作で、部屋の隅に放り捨てるような格好で始末しようとしているとしか思えなかった。
切り落とされた木切れの鋭利な切っ先が、彼の手によって彼自身の右腕に突き立てられるなどと、クレールは寸毫も考えつかなかった。
何が起きたのか、クレールは瞬時には理解できなかった。何かの見間違いか、あるいは幻覚かとも思われた。
ブライトがすぐさま剣を引き抜き、それを乱暴でいて無駄のない所作で部屋の隅に放り捨てるような格好で始末したものだから、クレールは余計におのれの目を疑ってしまった。
硬い木切れは金属のような澄んだ音を立てて床に落ち、クレールの荷物置き場まで回りながら滑っていった。
クレールは呆然と見開いた眼をブライトに向けた。彼は模造刀を投げ捨てるのと同様に、乱暴でいて無駄のない所作で自身のシャツの右袖を引き裂いた。
浅黒い皮膚に覆われた太い二の腕から、赤い血潮が流れ出ている。
クレールは彼の腕に飛びついた。自由の利く左の掌で傷口を覆い、強く抑え付けた。出血個所を圧迫するのは血止めの基本だ。
出血はそれほど多くない。恐らくは、太い血管のないところを選んで刺したのだろう。
それでも血液はクレールの指の間から滲み出した。
「何の、おつもりです?」
声を限りに叫んだつもりだったクレールであったが、実際に口から出たのは小さく震えた声だった。
「ん」
ブライトはくぐもった小さな声を一つ出した。
裂いた袖口の片側を口にくわえていた。布の反対側の端は左の手に握られている。
彼は即席の包帯を傷口よりも上に、片手で器用に巻き付け、強く縛った。
流血が止まった。
クレールが傷口を押さえる必要はなくなった。
だが、彼女は手を放すことができなかった。
『手を放したが最後、この人の肉体が崩れ落ちるのではないか。倒された鬼のように――』
言い知れない、説明のできない不安に襲われている。