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嘘笑い

 自ら駆けつけて助太刀をすることなく、それでも加勢をしなければならないのであれば、手近にある武器になる【もの】を投げつけるより


「……他に手立てはありません。あの場での最良の策です」


 はっきりとした口調でクレールは言い切った。


「お前さんにそう言わせっちまってるってことが口惜(くちお)しいやな」


 ブライトは顔を伏せた。クレールの真っ直ぐな視線から逃れるためだった。


「俺ぁ、てめえの脳味噌はもう少し働きモンだと思ってたんだがな。

 とんでもねぇや。目も当てられねぇ愚者(バカ)だ」


 ブライト・ソードマンのこの言葉が、普段どおりの軽口なのか、あるいは本心の吐露(とろ)なのか、エル=クレール・ノアールには判断が付かなかった。

 伏せられた彼の顔からは口元の小さな笑みだけがようやく読み取れたが、目の色は全く(うかが)いしれない。


 彼の「自分自身(ブライト・ソードマン)に対する軽蔑」がどれほど深刻なものであるのか、クレールには解らない。

 クレールは左腕を伸ばした。彼の下向きの視線の先に、左手の甲を差し出す。


「それこそ、これの()()ではありませんか?」


 薬指の付け根を取り巻く赤い一筋の(あざ)が、クレールの心拍と同じタイミングで脈動した。


「その()()()()な出来損ないの、どこの馬の骨なのか解らねぇ【死者の魂(アーム)】が、お前さんの感覚と俺の脳味噌を鈍らせてる、ってのかね?」


「はい」


 クレールは笑った。精一杯の笑顔を作った。

 ブライトの視線が自分に向けられていないなことは百も承知だ。

 それでも笑った。

 明るく、そして深い考えのない愚かな子供の笑顔を作った。

 少なくとも、自分ではそういう顔をしたつもりでいた。


 クレールは対人コミュニケーションのための表情を「作る」ことが苦手だった。この点だけでいえば、彼女は権力者の卵――小国の跡取り姫――としても旅人としても「不器用」であると言わざるを得ない。いや、「不適格」と断じてしまっても良い。


 臣民のために尽くさねばならない為政者(いせいしゃ)であれば、時として自我を殺して感情を封じ、心にもない笑みで顔を満たさねばならないことが必要となる。

 おのれのことを知らぬ人ばかりの土地に旅するものであれば、自分の身を守るために人なつこい笑顔を浮かべるべき場面に遭遇(そうぐう)することもあるだろう。


 山間の、少なくとも表面上は平和な小国の幼い姫君クレール=ハーンは、幸か不幸か無理矢理に作り笑いを浮かべなければならない状況に巡り会ったことがなかった。

 嬉しいときに笑い、不機嫌なときにむくれ、哀しいときに泣いた。それで不都合はなかった。


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