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窓より入り来る

 この宿屋で「一番上等」だと、宿屋の亭主自身が胸を張る客室というのは、簡易な炊事場の付いた狭い食堂と、折り畳みの書き物机ライティングビューローが一台おかれた居間、枕二つが無理矢理並べられた寝台(ベッド)に占拠された寝室、という続き部屋(スイートルーム)だった。

 最上階をワンフロア丸々潤沢に使った部屋割りであると言えば聞こえは良い。

 しかしここは小さな村の安宿だ。祭りの時期はたいそう混み合うそうだが、普段は行商人か伝令の小役人ぐらいしか客はいない。

 必要最低限の備えだけを有する建物は、そのものが小振りだ。ベッドもろくに置かれていない雑魚寝部屋はもとより、形ばかりの薄い壁で仕切られている個室も、総じて狭い。

 もう少し大きな町の宿屋であったなら、この床面積を三つに仕切って続き部屋(スイート)にしよう、などとは、恐らくは考えもつかないだろう。


 その続き部屋スイートの主寝室の窮屈なドアを、水を張った手桶を抱えて器用に開けたシルヴィーは、部屋が急に暗くなったことに驚いて、窓の方へ顔を向けた。

 窓の外に人がいた。。……宿屋の最上階、四階の窓の外に、である。

 シルヴィーが手桶を落としそうになるのも道理であろう。


 人影は窓枠にかけた両腕を支えに全身を持ち上げると、音もなく、ベッド脇の狭い床に降り立った。


『どろぼう!』


 シルヴィーは叫び声を上げそうになった。

「賊」はベッドの中の怪我人に視線を向けている。


『若様をお守りしなければ!』


 (とっ)()に手桶を不審者へ投げつけようと考えついた。

 思いとどまったのは、ベッドの方から怪我人の(かす)れた呆れ声が上がったからだ。


()()と強盗の次は、空き巣の真似事(まねごと)ですか?」


 呆れてはいるが、敵意はない。

 その言葉で、シルヴィーは「賊」の正体を知った。


「ソードマンさん」


 安堵の息を漏らすシルヴィーに、ブライトは軽く手を挙げて、


「邪魔するよ」


 一声送った。

 彼ははベッドの上に身を起こしているエル=クレール・ノアールが、ゆったりとしたチュニックをまとってっていることに気付き、


「なんだお前さん、医者から一服盛られて(もう)(ろう)としている間に真ッパに剥かれたあられもない格好でベッドに縛りっ付けられてたンじゃなかったのか?」


 わざとらしい落胆の声を漏らした。


「誰がそのようないい加減なことを?」


「ドアの向こうっかわに陣取ってやがる、(とう)の立った楽園の門番(ケルビム)ども」


 口惜(くちお)しそうに言うと、ブライトは大げさに肩を落として見せた。所作の一つ一つが、あからさまに芝居がかっている。

 投げずにすんだ水桶を抱え直したシルヴィーは、彼に椅子を勧めながらその顔色をうかがい、


「方便です」


 おずおずと言った。


「方便?」


 ブライトは|背もたれのない小さな椅子スツールの、丸く小さな座面に大きな尻を乗せて脚を組んだ。


「リゼッタの(ねえ)さん達は、良くない見舞客を追い返す方便に、そんなことを言っただけです。

 ですからソードマンさん、どうか姐さん達を叱らないでください」


 シルヴィーが頭を下げる。ブライトは窮屈(きゅうくつ)そうに身をかがめて膝の上に頬杖を突いた。


「んなこたぁ初手から解ってるさ。

 マジで『若様』が服をお召しにならないままに寝ていらっしゃったのなら、中に入れた連中が皆『姫様』のことを知ってなきゃおかしい。

 ところがあの門番共は、うちのかわいいオヒメサマの秘密事を知っているのは、テメェ等自身と、エトワール……あんたと、それからそこのバァさんの四人と言った」


 顎を支える手の人差し指が、開け放たれていた部屋のドアを指し示す。


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