双龍のタリスマン
若い村役人は痙攣めいた瞬きをした。
ブライトの言わんとしていること、やらんとしていることが、彼には理解も推察もできいない。
きょとんとした顔で己を見上げる役人の鼻先に、ブライトは手を差し出した。
「ペンとインクと、それから封蝋」
「あ……」
言われて、ようやく理解した様子だった。
村役人は携えてきた筆記具を彼に手渡し、自身が書きまとめた書類の最後の一葉を卓上に広げた。
書類の制作者の署名、彼の直接の上役の署名、村長の署名が、紙の上方三分の一に、押し込められるようにして並んでいた。
残り三分の二の空間に、都人によるご見識とご署名を賜りたい、ということだ。
「用意のいいことだ」
ブライトは使い古しの鵞ペンの先をインク壺に漬けた。卓上の用紙を極端に斜めに置き直す。
強い筆圧で押し潰されたペン先が、起伏が少ないく平べったい続け字を、右肩上がりに記してゆく。
書き上げられたのは僅か二行。
『関係者の証言を一言一句間違えることなく記したものと認むるものなり。
なお、この地に訪れし“彼の者”はしかるべき場所にしかるべき如く在るなり。』
一行目はまだしも、次の行が何を意味する言葉であるのか、若い役人には理解できなかった。小首をかしげて書き手の手元をじっと見つめる。
「これかい?」
ペンをほ放り出すと、ブライトは唇の端に柔らかい小さな笑みを浮かべた。
もしこの場にエル=クレール・ノアールがいたなら、すぐさま、この笑顔が彼の感情から自然と湧き出たものではなく、物事を有利に進めるための狡猾な作り笑いであると見抜いただろう。
蝋燭の炎の上に禿びた封蝋の先端をかざしつつ、ブライトは空いた手で卓上の銀色の円盤……すなわち「双龍のタリスマン」などと呼ばれる、身分証の役目を持ったものに手を伸ばした。
蛇に似た龍が二頭、その首を絡みあわせながら、結局は左右別の邦楽へ顔を向けている図案が浮き彫りに描かれた表面も、いくつかの赤く丸い小さな石が象眼された裏面も、その細工は豪華で美しい。
ブライトはそれらの文様、つまりはギュネイ帝室の御印章を、意識的に無視した。汚物でも取り上げるかのようにして左手の親指と中指で軽くつまみ上げる。
人差し指で分厚い外周に刻まれた文字の凹凸を弾くようにして手の中で転がし、指の腹で文字を読んでいる。
「その回りくどい御託の意味なンざ、この俺だって知るものか。
聞くところによりゃぁ、解る人には解る決まり文句みたいなもンだそうだ。
例えばウチの姫若様や、お宅のゴ領主サマぐらいにゴ身分が高い方だけが、こいつをゴ理解なさるってものさ。
俺達のような下々の者にゃ、関係のないことなンだろうよ」