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火口箱

「全く面倒なことをしてくれる」


 吐き出すように言うと、ブライトは椅子を蹴って乱暴に立ち上がった。


 役人は肩をびくつかせた。目をつぶって、顔を伏せる。

 この腕っ節の強うそうな大柄の男が、(かさ)に懸かって怒鳴りつけるか、力任せに殴りつけるかすると思ったらしい。

 ブライトは、もう一度ため息を吐いた。


「テメェにゃ関わりのないことの責任を勝手に背負い込むような青臭い莫迦(バカ)の尻ぬぐいするなんて厄介事(やっかいごと)は、ウチの姫若の分だけで手一杯だっていうのに」


 床を踏みつけ大股に部屋の隅に向かうブライトの声音には、呆れはあるが不機嫌がない。少なくとも、若い役人にはそう聞こえた。


 役人は硬くつぶった目をそっと開いた。

 部屋の(すみ)の床に、ブライトの背嚢(はいのう)や腰袋の類が無造作に投げ置かれている。その中にブライトは爪先を突っ込んだ。

 足を持ち上げると足先に古びた巾着袋の口紐が引っ掛かっていた。古びているが頑丈そうな革の小袋だった。

 (まり)のように蹴り上げられた革袋を、彼は胸の前で無造作に受け止めた。袋の中から、金属が触れ合う高く重い音が漏れる。


「知ってるかい? およそ(うん)(じょう)(びと)ってのは、やたらな書類のための文字ってものはご自分じゃあお書きにならないもンだ」


 革袋の中に手を突っ込み中を漁りつつ、壁際の小テーブルに置かれていた燭台を掴むと、彼は元いた机の前に戻ってきた。革袋にしたのと同じように、足先で器用に椅子を立て直し、どかりと座る。


「は、はい……。大体の書面はご祐筆がお書きになるとか」


 ブライトは相槌も返事もせずに、卓上に(しょく)(だい)を乱暴に置いた。

 役人の型がびくりと揺れた。

 ブライトは無言で革袋に手を突っ込み、()(くち)(ばこ)と、大振りな金属の円盤を取り出して、これも無造作に置く。

 使い込まれた火口箱には磨り減って消えかけた焼き印が押されていた。

 若い村役人は、その文様が滅びたハーン帝国の皇帝が身の回りのものにつける徽章(おしるし)であることに気付かなかった。

 正確に言うと、彼はそれを知らなかった。彼が物心ついた頃にはもう、ハーン最後の皇帝は「都落ち」していたのだから仕方がない。

 だが、もう一つの取り出されたもの――金属盤(タリスマン)に刻まれている、二匹の(たてがみ)のある蛇が絡み合うギュネイ皇帝にゆかりある文様の「貴さ」は彼にもすぐにわかった。


 生唾を飲み込む役人に一瞥(いちべつ)をくれると、ブライトは火口箱から燧石(フリント)黄鉄鉱(パイライト)、薄く切って乾燥させた火口茸(アマドゥ)、これも薄く切って一端に硫黄(サルファ)をしみこませた附木(つけぎ)を、一枚ずつ取り出した。

 二種類の鉱石を打ち叩くと火花が飛び、それが火口茸(アマドゥ)をくすぶらせる。

 この小さな火種に附木を押し当てると火が点いた。種火はすぐに(ろう)(そく)に移され、小さな炎となる。

 その動作の間、ブライトは口をへの字に曲げていた。しかし目には笑みがあった。

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