気弱な官吏
一見すると気の弱そうに見える若い村役人は、背もたれ無しの粗末な椅子の上で身を縮めて、上目遣いにブライトを見ていた。
「諸々の証言を一言残らず正確に書きましたら、あまりにも常識外れな調書になりまして……。このまま郡の上役や領主様に見せても、信じて貰えないでしょう。
かといって、事実を曲げることはできません。
でそこで、貴殿のご主君にご助力を願おうと思い至った次第です。
つまり、ここに書かれていることに目を通した、といった具合の文言を、若君に一筆添えていただければ……」
役人は貴族であるクレールだけでなく、従者(を装っている)ブライトに対しても敬意を抱いている様子だった。
「なるほど、検閲済み、ってか?
あんた、自分の要領の悪さをウチの姫若に押しつけようってけ魂胆だな。
だがな、言っちゃなんだが、田舎貴族の小倅に過ぎねぇウチの姫若のサインにそんな神通力があるとは、俺には思えねぇんだがね」
不機嫌に言うブライトに対し、役人は真面目な顔をして、
「これは人々に聞き取りをしている中で聞いたことですが……。
勅使グラーヴ卿が、そちら様を『同業』と仰ったとか。
あなたのお若いご主人さまが、勅使同様に都の皇帝陛下の直属であられるなら、当地の領主である貧乏土豪などより余程に格上ということになると思うのですが」
頬を薔薇色に輝かせた。都であるとか皇帝であるとかいう言葉に素直に憧れている、田舎者らしい笑顔だ。
「あの白塗り婆さん、余計なことを言ってくれたもンだぜ」
ヨハネスという通り名で呼ばれていた老嬢ヨハンナ・グラーヴに、その言葉を言わせたのが、クレールの持つ鬼狩りの身分証明を提示した、あの自分の行動であることが口惜しい。
ブライトは天井を睨み付けた。
この薄っぺらな天井板の向こう側にはクレールの病室がある。
「あいにく、姫若君は面会謝絶でね」
「ご家中の……ご貴殿でも、お会いになれない?」
ブライトは返事の替わりに舌打ちをした。
「そうですか。ではお怪我の加減は相当にお悪いのですね」
役人は肩を落とし、机上の書類を眺めた。弱り果てているというのは、背中の丸みを見ればわかる。
「さて、俺は医者じゃねぇンでね。お体の加減なんぞ診立てようがない」
ブライトは態とがましく棘のある口調で言った。
これを役人は、若い貴族に付き従う忠義者が主の身を案じて苛立っているのだと――ブライトにとっては大変都合の良い勘違いで――強く感じた。
「こんな片田舎にお寄りになったがために、わけのわからないものに襲われて、せずとも良い怪我をなされて……。
なにやら、自分が申し訳ないことをしでかして、方々にご迷惑をかけたような気がしてまいりました」
若い田舎者の役人が益々縮こまる様を見たブライトは、小さなため息を吐き出た。