心配するという毒気
「俺ほどアレのことを心配しているニンゲンは、他にゃ居ないってぇのにかね? 大体、俺はアレの……」
言いかけて、しかしブライトは言いよどんだ。自分とエル=クレール・ノアールとの間柄を的確に表す言葉が存在しない。
リゼッタ姉妹は、彼が言葉を探しているほんの僅かな隙間に、自分たちの声をかぶせた。
「旦那と姫若様が、ご家臣なんだか、師弟なんだか、友達なんだか、同志なんだか、兄妹なんだか、妻夫なんだか、家族なんだか、他人なんだか、アタシ達は存じ上げません」
「存じ上げませんけれど、特に別して、旦那はダメです。毒気が強すぎます」
「この俺の何処からあいつの怪我に障るような邪さが出ているってんだね?」
「頭の先から」
「足の先まで」
「全身からぷんぷんと」
エリーザとエリーゼの「リゼッタ姉妹」は合唱でもしているように、最後の一言をぴったりと息を合わせて言い切った。
ブライトが何か言い返そうと息を吸い込んだその瞬間に、こんどは集団舞踊の振り付けさながらのぴったりと同調した動きで、辺りを見回した。
宿屋の廊下には彼女らとブライト以外の者は居なかった。彼女らが全部追い返してしまったのだから、当然ではある。
二人はそれでも慎重になっている。声を殺して言葉を続けた。
「旦那が姫若様を心配しているのはあたしらにだってよくわかる。でもその心配の気配が、姫若様には良くないんですよ」
「ああいう真っ直ぐなお方は、自分の所為で相手が心配していると思えば、無理をして平気な風に振る舞っちまったりするもんなんです」
「自分を大人に見せたいお年頃でしょうよ。……相手が大人であればあるほどにね」
「そうそう、旦那はご立派な大人でいらっしゃいますからねぇ。商売女の扱いは見るからにお上手そうだ」
踊り子達はブライトの頑丈な肉体を舐めるような視線で眺めた。
視線が彼の不興な顔に至ると、二人は気恥ずかしそうに取り繕いの笑顔を浮かべ、言葉を続ける。
「旦那は若い生娘が……いえ、娘に限ったことじゃないですよ。つまり姫若様のような年頃の純な子供ってものが、どんなに繊細で複雑なのか」
「ご自分だって子供の頃があったでしょうに、すっかり忘れっちまっているでしょう?」
ブライトが眉間に皺を寄せた。彼が忘れているのは子供の頃のことばかりではない。
リゼッタ姉妹は彼の困惑など気にせずにしゃべり続ける。
「だから、旦那はご自分の心配を体中から吹き出させてることがどれだけむごいことなのか、心配される方の申し訳なさを察しておあげになれない」
「ま、あたし等も擦れ具合じゃあ旦那のことなんぞ言えやしませんけれどもね」
「もうすっかり真っ黒だからねぇ、あたし達は」
エリーザとエリーゼは顔を見合わせると、淫猥と自嘲を混ぜて、クツクツと笑った。
その笑いも、やはりすぐに止んだ。