門番二人
宿屋の亭主に言わせれば「宿で一番上等」だという部屋がクレールの病室としてあてがわれた。
その部屋の、立て付けの悪い古びたドアの前に、フレイドマル一座の踊り子が二人、門番よろしく立っている。
クレールとブライトがシルヴィーを抱えて芝居小屋にやってきた時に、小屋の外で小道具の修繕をしていた女達だ。
彼女らは二人とも本名をエリーザベトという。
仲間達は同名の二人を「痩せのエリーザ」と「雀斑エリーゼ」と呼び別けているが、呼び分ける必要がないときは「リゼッタ姉妹」とひとまとめに扱う。
姉妹と言うが、実際彼女らは赤の他人だ。しかし妙に気が合うらしく、大概は二人一緒に行動しているものだから、仲間は「リゼッタ達」として一括りに扱う。
二人とも一座の踊り子の中では背丈が高い部類だった。そのために、演目によりけりではあるが、大体は男役を務めることが多い。
そのためもあってであろうか、普段から言葉も少々強めであり、態度も幾分横柄な所がある。
彼女らは医者以外の者が病室へやって来ると、扉の前に立ちふさがる。そうして、怪我人の見舞いをさせろという連中に向かって、口角泡を飛ばしてまくし立てる。
「冗談じゃないよ。だれがお前なんぞをお可哀相な姫若様の寝所に入れたりするものか」
「医者様の見立てじゃ、腕の骨が折れているばかりか全身の骨という骨にヒビが入ってるうえに、筋という筋が切れたり伸びたりしてるってんだよ」
「普通なら、死んじまったっておかしくない大怪我なんだ。上を向いたら背中の怪我に、下を向いたらおなかの怪我に障る」
「布きれ一枚だって傷口に触ったなら、気を失うくらいに痛むっていうんだ。しかたなしに、半分裸みたいな格好でおられる」
「息をするのだってやっとなんだ。その息だって、ホンの少しずつ、そっと吸ったり吐いたりしておられる」
「そんなところに、お前が吐きちらかす生臭い息なんぞが混じりでもしてたら、高い薬だって効き目が出ないに決まってるじゃないのさ」
代わる代わるまくし立てた最後に、ぴったりと息を合わせて、
「とっとと失せな。この下種どもめ!」
怒鳴りつけて、見舞客を追い返してしまう。
耳の先まで真っ赤に染めて激しい早口で言われては、男共には口を挟む余地がない。役人も戯作者マイヤー・マイヨールも、宿屋の主ですらも、皆、彼女らの剣幕に押されてすごすごと引き返さざるをえないのだ。
「とんでもない。あたし等が追っ払うのは、姫若様のお体に障る連中だけですよ」
ブライト・ソードマンの前に立ちふさがった二人のエリーザベトは口を揃えて言った。
「つまりは、色狂いの色気違いの助平の変態野郎ですよ。男だろうが女だろうが、そいつの心持ちが良くなけりゃ、一切姫若様には近づけたりやしません」
「すっかりお弱りの姫若様には、ほんの僅かな淫らがましい気配でも、酷い毒になりましょうからね」
ブライトは目を針のように鋭く細めた。
「この俺からもそんな毒気が出てる、ってか?」
鋭い視線を浴びた踊り子達は一瞬おびえひるんだが、すぐに勇気を振り絞って、
「旦那もです」
きっぱりと答えた。