劇団員たちの証言
彼らは【月】に操られていた死体で、クレールとブライトによって【月】が倒された時に元の死体に戻ったのだが、そのことは留守居の老人も役人達も知らない。
「ただ黙々と良く働く人たちでございました。連中はこちらから話しかけても一言だって答えやしませんでした。
ええ、連中の仲間同士も互いに声を掛け合うことはありませんでした。
まるでカラクリの人形のようだと、少々薄気味悪く思いはしておりました」
老人の証言は、役人によって公式な書類に言葉どおりそのまま書き留められた。
信じがたい証言ではあったが、他に目撃者はいない。状況から見てもこれを信用するより他なかったのだ。
役人は老人にもう一つ尋ねた。
勅使・ヨハネス・グラーヴの行方である。
「芝居小屋の座長さんが見えた後しばらくして、ご家来衆を引き連れて、芝居小屋にゆかれましたよ。
晩には戻られるってぇ話だったんですがねぇ」
老人が証言したとおり、家臣達は村の広場の芝居小屋にいた。ただしそのうち二人は物言わぬ惨殺遺体であったから、証言はとれるはずもない。
生き残った残り三名も、まともに取り調べができる状態ではなかった。
耳朶を切り落とされた衛兵は何を聞いても貝のように口を閉ざし、返答しない。
別の一人は肉体的な外傷はなかったが、余程恐ろしい思いをしたらしく、錯乱状態にあり、話をするどころではなかった。
痩せた少年、つまりイーヴァン・グラーヴは衰弱しきってい、村にただ一人の医者が尋問を許可しなかった。
フレイドマル一座の座員達も尋問された。
木戸番が、
「閣下はご家来衆を連れて……確か四人、ええ、旗持ちの方が先頭で、閣下とあと三人、全部で五人で、ウチの座長と一緒に小屋へ入られました」
と言った。その後のことは判らないと首を振る。
「閣下があっしのほうをちらりとご覧になったところまでは……。
そこから先のことは良く思い出せません。目がチクチク痛んだことぐらいです」
木戸番の両の目は酷く充血していた。
彼も飲み食い屋の客たちと同じで、自分の目から赤い砂粒のようなものが入ったこともこぼれ落ちたことも認識していない。
旅一座の座長フレイドマルは、小太りの体をガタガタと震わせつつ、役人の問いに神妙に答えた。
「確かにお屋敷から小屋へご案内いたしました。
途中、呑み喰い屋に? ええ、寄りました。
店の中を覗き込んだときだったでしょうか、埃が酷くて目がチクチクしました。
閣下はそんな私を気遣ってくださいましたよ。
小屋についてすぐ、私は用があって舞台裏に参りまして……戻ってきたときにはもう閣下のお姿はなく、奇妙な、真っ黒い化け物が暴れておりました」
座長は顔中を包帯で覆い隠していた。
「目玉が落ちた……らしいんで。ええ、覚えておりません、なにも。
どこで怪我をしたのか、さっぱり解りませんでございます」
団員達のほとんどは楽屋裏におり、皆、客席の側で何が起きたのか判らないと言う。
客席の側に居たのは指揮者一人と楽隊員五名、そして劇作家だった。
楽隊員達は異口同音に、
「グラーヴ卿が化け物になった」
と証言した。