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政治的に危険な内容

 指が全部折りたたまれると、ブライトは一つ息を吐き、更に続けた。


「一つ目だとしたら、その戯作者はかなりうかつな奴だ。……仮にも(きん)(じょう)の弟で、世が世なら皇帝陛下だって野郎の名前を、偶然だとはいえそのまンま名乗ってたらどうなるね?

 (けん)(ぺい)に『皇帝に敬意を払わない()(そん)者』だと目を付けられるだろうし、下手すりゃ皇帝侮辱罪なんてくだらねぇ罪状をでっち上げられて、出世のネタにされかねねぇ」


 言いつつ、彼は左手で後頭部をなでさすっている。皇族がらみの話になって、ジクジクと頭痛がするらしい。


「二つ目なら、良くも悪くも知識人としては世界一有名な野郎の皮をかぶって、大博打を打ってるってぇことになる。

 洛陽(みやこ)の紙価を高めた『名前』につられて客が入るかも知らんが、バレたらそれこそ手鎖じゃすまねぇ。

 皇族を騙った大悪人てことで、間違いなく一座どころか三族そろって『こう』だ」


 左手が後頭部から首元に移動した。彼はそれで手刀を作り、水平に動かして見せる。

 エル・クレールは息を呑み込んだ。想像力に富む頭の片隅に、磔台の上で泣き叫ぶ子役の姿が浮かんだ。

 ブライトは無意識に()(しゅく)した彼女の肩を見ると、小さくため息を吐いて再び(めい)(もく)した。


「末成り野郎が書き留めた駄文を原作になんぞやろうってぇなら、お上の許可を得ない訳には行くめぇよ。

 もっとも、滅多な申請にゃ許可なんか下りんだろうがね。

 つまり、一枚っきりのポスターを後生大事に使い回すようなドサ回りが、錦の御旗を担いでいる筈もねぇってこった。

 だから三つ目だとすると、厚顔無恥にも野郎の著作を勝手に引っ張り出して、根性で無許可営業しているってぇことになる」


「それで、あなたはどれだとお思いなんですか?」


 クレールが訊ねると、ブライトはふてくされた顔で、指を二本……いや遅れて薬指をゆっくり伸ばして、都合三本立てた。


「良くできた戯作者に書かせて肩書きだけ変えてるってのも考えられなかねぇが……。

 そうだとしても、ポスターがボロボロになるまで同じ演目を続ける前に、目の肥えた客に偽物だと気付かれる」


 ちらりと目を開けて、彼はクレールの顔を見た。

 彼女はいたずらなまなざしで笑っている。


「……そんなに駄目叔父の話が聞けて嬉しいか?」


 僅かに苛立ち、相当呆れた口調で訊くブライトに、エル・クレールは大きくうなずきを返した。


「少なくとも、叔父の文学者としての才能は、あなたでも認めざるを得ない高みにある、と言うことがわかりましたから」


「けっ」


 汚れた床に唾を吐き捨てたブライトだったが、その後にいきり立つとか、怒鳴り散らすといった激しい行動が続くことはなかった。

 むしろは脱力したように古椅子の背にもたれ、


「あの末成りの書いたモンに、あそこの演目と同じタイトルの馬鹿話がある。

 ヤツの封地のごく一部の集落で密やかに口伝されていた昔話が元ネタだって話がね。

 だがその内容が政治的にヤバイってンで、書いた本人ですら『そのままの形』で外に出すのを躊躇して、そうとう朱筆を入れてから発表した」


「よく事情をご存じですね」


 純粋に驚いたクレールに、ブライトは苦笑いを返した。


「嫌な断片ほど脳味噌にこびり付くもンさ」


 彼の声音は、酷く陰鬱(いんうつ)だった。

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