表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
137/160

二対二

 衰弱した若者の傍らの、粗末な敷物の上に、彼女は倒れた。


「くっ!」


 それまでは感じていなかった痛みに、クレールが苦悶(くもん)の声を上げた。

 イーヴァンは、赤い光の剣を握る彼女の左腕を押さえ込んだ。


「ヨハンナ様っ! 早く!」


 かれた声を絞り出すように、若者は叫んだ。

 泥酔者の千鳥足に似た【(ザ・ムーン)】足取りが、乱れながらも後退から前進に転じた。

 【(ザ・ムーン)】の上半身が、倒れているクレールのそれに重ねるように投げ出される。額の半球をクレールの額に打ち付けようとしている。


 そのよどんだ赤の半球こそが【(ザ・ムーン)】の本体だ。

 死に損なった人間の魂の結晶――かつてヨハンナ・グラーヴであった者の怨念が取り込まれ、変じたものだ。

 生きた人間の体に取り()けば、美しく生まれ変われると信じる、死人の執念だ。


 無機質な黒い顔が、クレールに迫った。赤い半球が彼女の額に重ねられようとした。


 その時、嫌な音がした。

 重い物が地面に倒れ込んで壊れる音だ。


 音は、クレールが倒れ、イーヴァンが押さえつけ、【(ザ・ムーン)】の上半身が倒れ込もうとしているその場所から、少し離れた場所から聞こえた。

 クレールは音のした方へ顔を向けた。

 イーヴァンもそちらを向いた。

 【(ザ・ムーン)】は動かなかった。

 

 生きた人間たちの目には、椅子の残骸が散乱する空間に、男が立っているのが見えた。

 彼は赤い剣を両手に一振ずつ持っている。

 一振は男の肩に担われ、もう一振の切っ先が彼の足下を指していた。


 赤い剣が指し示す先の古びた敷物の上には、女の下半身の形をした「黒い石像」が転がっていた。


 赤い双剣を携えたブライト・ソードマンが、にたりと笑っている。

 吊り上げた唇の端から尖った犬歯(キバ)(のぞ)いて見える。

 笑った目玉でイーヴァンを睨んでいる。


「さっきも言ったろうよ、一匹相手に二人掛かりは不平等だ、ってな。

 こっちも片一方が怪我人になっちまった訳だから、テメェのような腰抜けがそっちに加わったとして、ちょうど員数合わせになろうってもンだ」


「あ」


 血の気のないイーヴァンの顔が一層蒼白になった。彼はしがみついて押さえていたクレールの脚を放した。立ち上がろうと藻掻(もがい)いたが、膝が立たない。

 よしんば、彼が立ち上がれたところで、彼が彼の愛する主(ヨハンナ・グラーヴ)を助けるのには、時間も力量も足りなかったろう。


 ブライトは右手につかんだ赤い幅広の刀の形をした光の先端を、下半身しかない石像の(へそ)(した)へ突き立てた。

 そこには、どす黒い赤の円の文様が浮かんでいた。クレールに覆い被さってる【(ザ・ムーン)】の上半身の、その額に浮かぶ赤い半球と同じ色形の円である。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ