二対二
衰弱した若者の傍らの、粗末な敷物の上に、彼女は倒れた。
「くっ!」
それまでは感じていなかった痛みに、クレールが苦悶の声を上げた。
イーヴァンは、赤い光の剣を握る彼女の左腕を押さえ込んだ。
「ヨハンナ様っ! 早く!」
かれた声を絞り出すように、若者は叫んだ。
泥酔者の千鳥足に似た【月】足取りが、乱れながらも後退から前進に転じた。
【月】の上半身が、倒れているクレールのそれに重ねるように投げ出される。額の半球をクレールの額に打ち付けようとしている。
そのよどんだ赤の半球こそが【月】の本体だ。
死に損なった人間の魂の結晶――かつてヨハンナ・グラーヴであった者の怨念が取り込まれ、変じたものだ。
生きた人間の体に取り憑けば、美しく生まれ変われると信じる、死人の執念だ。
無機質な黒い顔が、クレールに迫った。赤い半球が彼女の額に重ねられようとした。
その時、嫌な音がした。
重い物が地面に倒れ込んで壊れる音だ。
音は、クレールが倒れ、イーヴァンが押さえつけ、【月】の上半身が倒れ込もうとしているその場所から、少し離れた場所から聞こえた。
クレールは音のした方へ顔を向けた。
イーヴァンもそちらを向いた。
【月】は動かなかった。
生きた人間たちの目には、椅子の残骸が散乱する空間に、男が立っているのが見えた。
彼は赤い剣を両手に一振ずつ持っている。
一振は男の肩に担われ、もう一振の切っ先が彼の足下を指していた。
赤い剣が指し示す先の古びた敷物の上には、女の下半身の形をした「黒い石像」が転がっていた。
赤い双剣を携えたブライト・ソードマンが、にたりと笑っている。
吊り上げた唇の端から尖った犬歯が覗いて見える。
笑った目玉でイーヴァンを睨んでいる。
「さっきも言ったろうよ、一匹相手に二人掛かりは不平等だ、ってな。
こっちも片一方が怪我人になっちまった訳だから、テメェのような腰抜けがそっちに加わったとして、ちょうど員数合わせになろうってもンだ」
「あ」
血の気のないイーヴァンの顔が一層蒼白になった。彼はしがみついて押さえていたクレールの脚を放した。立ち上がろうと藻掻いたが、膝が立たない。
よしんば、彼が立ち上がれたところで、彼が彼の愛する主を助けるのには、時間も力量も足りなかったろう。
ブライトは右手につかんだ赤い幅広の刀の形をした光の先端を、下半身しかない石像の臍下へ突き立てた。
そこには、どす黒い赤の円の文様が浮かんでいた。クレールに覆い被さってる【月】の上半身の、その額に浮かぶ赤い半球と同じ色形の円である。