表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
135/160

現世の【月】


「哀れな人」


 クレールがぽつりとこぼした。

 自分が体験したのではない「昔の思い出」から醒めた彼女の、潤んだ緑色の瞳から雫があふれ、白い頬をつたって流れ落ちる。


 怪我と埃にまみれたこの乙女の顔を見た【(ザ・ムーン)】は、


「そう……哀れな男の、つまらない昔話よ」


 薄い唇で大きな弧を描き、続ける。


「ねぇ、アタシと同じように、男の服を着せられて育った、可哀相なエル()()。アナタもそうだったのでしょう?

 男の子が欲しかった、男であれば良かった、女など要らない……そう親に言われて育った不憫(ふびん)鬼子(おにご)

 そんなお前だもの、そんな女の子のような綺麗な顔は要らないでしょう?」


 落ちくぼんだ眼窩(がんか)の中で【(ザ・ムーン)】は目玉を見開いた。


「要らない姿なら、アタシに映し()られたって、ちっとも構わないじゃないの?

 ああ、かわいそうな()()

 アタシと同じなのにアタシよりも綺麗な()()

 お願いだから、もっとしっかり見せて頂戴。その目も、髪も、体も声も、全部よ」


 姿を写して、写し盗る――得物の顔貌姿形を、己に映し、己の姿とするために、【(ザ・ムーン)】はエル=クレールを(ねめ)め付けた。

 彼女の涙に潤んだ緑色の瞳の中に、痩せた中年男のような顔をした老嬢の、落ちくぼんだ灰色の目玉が映った。

 【(ザ・ムーン)】にとって、それはこの世で一番見たくないものだった。

 だが、見えてしまった。

 広い額に尖った鼻と、眼差し鋭い三白眼(さんぱくがん)と、中年男のような痩せた体つき。


 黒く曇った赤鉄鉱(ヘマタイト)の古鏡のような【(ザ・ムーン)】の体が――中年の旗持ちの肉体から突き出た上半身と、そこから離れたところにぽつりと立ち尽くしている下半身が、変形した。


「何故!」


 【(ザ・ムーン)】は叫び、顔をそらした。

 頬のこけた横顔が驚愕と恐怖に震えている。クレールはささやくように言った。


「お前は私を

『親が男でないことを憾み、男の服を着ることを強いられ、無理矢理男のように育てられた、不幸な女』

 だと思いこんでいる。

 いいえ、おまえは私がそういう哀れな子供であることを願っている。

 でもそれは違う。

 お前が見ているのは、自分に都合良く、勝手に解釈した私の上辺(うわべ)

 お前が自分の勝手に思い込み、哀れな子供と(さげす)んでいるのは、お前自身の姿ではありませんか」


 クレールの首に巻き付いた『腕』の力が強くなった。

 金属をこすったような音、文字通りの金切り声を、【(ザ・ムーン)】が発する。


「憎たらしい子! 形を映し盗ったあとも、おまえを生かしておいてあげようと思っていたのに! アタシの欠片を植え付けた、綺麗なお人形にしてあげるつもりでいたものを!」


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ