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独身最後の夜会《バチェラーパーティー》

(ザ・ムーン)】の……いや、ヨハネス・グラーヴの胸の奥に、一つの景色が浮かんだ。


 そこは夜の酒場だった。

 上等な社交場とは言い難い。

 普段、この薄暗い店内では、あまり身なりの良くない男達が、一人か二人ずつ席について、話もせずにちびりちびりと安酒をなめている。

 だが今日はそんな客は一人としていなかった。

 ただ一卓、騒がしいテーブルがあった。

 若い剣士達が数人集まって、笑い、呑んでいる。


 明日とある良家の婿養子となる花婿とその友人達が、友の結婚を祝い、独身最後の日を惜しむ乱痴気(ひどくやかましい)騒ぎの為に、店を貸し切りにしたのだ。


「××も明日から(じょう)(はく)サマか。たいした出世だな」


 明日の花婿の杯に、一人の友人が強い酒を注ぐ。口調には厭味(いやみ)軽蔑(けいべつ)と、少しばかりの羨望(せんぼう)とが入り交じっていた。


 そのテーブルに着いているのは、皆、貧乏貴族の次男や三男だった。相続権は無いに等しく、身を立てるためには武功を上げるか、実力者に取り入(コネクションを得)るか、さもなくば、どこかの家付き娘の婿養子(むこようし)になるより他、方法のない連中である。


 数年前、ハーンからギュネイへの帝位の(ぜん)(じょう)が何の悶着(もんちゃく)もなく平穏に執り行われたほど、世の中は平和だ。武功に依る出世などというものは、夢のまた夢だ。

 実力者に取り入るには多くの付け届け(ワイロ)が要る。元より領地も財産も無いに等しい小貴族の家には、そのような「余分の費用」をひねり出す余裕は無い。

 どこかの令嬢と縁を結ぶにしても、相続権付きの花嫁などは相続権付きの花婿とよりも少ないくらいだから、やはり難しい。

 自分の貴族の身分は諦めて、貴族との縁続きという「箔」が欲しい平民の金持ちの所へ入り婿として転がり込めればしめたものだが、そういった口も多くあるわけではない。


 そんな中、この花婿は城伯という「小国の王」にも等しい権力者の娘と婚姻することとなった。友人達が羨み、嫉み、妬むのも当然であり、仕方ないことだった。

 木の杯にあふれるほど注がれた強い安酒をあおりつつ、花婿はニタリと(わら)った。


「まあ、しばらくはおとなしく猫を被って辛抱することになるがな」


「辛抱か」


「確かに辛抱が必要だろうな。花嫁殿のあのご面相は……」


 一同、笑いを堪え、肩をふるわせている。


「なんでも城伯様は男の子を欲していたとか。

 それで生まれた赤子の顔を見て、願い適ったと小躍りしたが、産婆に『姫だ』と言われて失神したそうな」


「親が気を失う顔か!」


 友人達がどっと笑った。


「それでも跡取りを作らぬ訳にはゆくまい」


「××に一番の贈り物は美女の面であろうよ。明日の夜、床に入る前に女房の顔にかぶせてしまえ」


「いやいや麻の袋で充分だ」


 花婿が一番の大口を開けて笑っていた。


「思えば哀れな娘ごだ。

 広い額に尖った鼻。眼差し鋭い三白眼。

 まだしも男に生まれておれば、中々に勇ましき顔と言われはしても、こうして笑われることはあるまいに」


 別の友人が杯を掲げた。


「気の毒なヨハンナ嬢に乾杯」


 皆がそれに応じて笑いながら杯を掲げる。


「乾杯」


 そのかけ声は、直後に悲鳴に変わった。

 彼らは考えもしてなかった。

 よもやこんな場末の酒場に、城伯の(むすめ)がただ一人訪れていようとは。

 哀れで愚かな男達は、自分たちが「男であればまだ見られる」などと言ったその顔立ち故、彼女が男の形で酒場の暗がりにいることにまるで気がつかなかったのだ。

 しかも彼女がよく斬れる剣を携えていて、それをいきなりすっぱ抜くなどと、だれが思い至るであろうか。


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