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人の形をした床弩《バリスタ》

『殺される』


 イーヴァンは直感した。


 この男に殺される。

 自分の剣で殺される。

 一撃でとどめを刺してくれるのか、(なぶ)り者にされるのかわからないが、間違いなく死ぬ。

 悔しい。悔しく、情けない。一矢報いたい。

 しかし体は一寸も動かない。


 イーヴァンは目を固く閉じた。

 (まぶた)の裏側に焼き付いた男の顔が、口元を歪ませた。イーヴァンの妄想の中で、吊れ上がった唇の下の、太く長く鋭い犬歯(キバ)が白く光る。

 イーヴァンは首をすくめて、この男の攻撃を待った。


 ところが、刃が自分に振り下ろされることも、突き立てられることもなかった。

 ブライトの声がした。


「一匹を二人掛かりで倒すってのは面白くねぇから、員数あわせをしてもらおうと思ったンだが、テメェがそのざまじゃ数のウチには入れられねぇな」


 イーヴァンが目を開くと、ブライトは笑っていた。イーヴァンに対する嘲笑ではない。心底楽しげな笑みだ。


「不忠者たぁ面白い言いっぷりだな。だが、残念ながら、俺サマにゃあいつに忠義やら忠誠やらを尽くす義理なんぞねぇんだよ」


「何、だと?」


 理解できない。疑念の色がイーヴァンの青白い顔の上に広がった。


「いや、そんな面倒臭ぇモノはいらねぇって言った方が良いかもしれんな」


 ブライトはイーヴァンから奪い取った剣と、錦の御旗をはぎ取った旗竿とを左右の手に握った。それぞれを肩に担うように構える。

 両の目で別々の的に標準を合わせている。

 二筋の風が僅かな時間差で起きた。大気が悲鳴を上げた。

 右腕の剣は曇った鏡面の肌を持つ化け物の顔面へ飛ぶ。

 左腕の旗竿は武器を失った剣士の頭に飛んだ。


 どちらも人力によって投げられたものとはとても思えなかった。二つの凶器は、攻城戦用の床弩(バリスタ)から撃ち出されたかのような猛烈な速さと重さを持っている。


 右腕が「発射」した剣の方が僅かに早く目標に達した。【(ザ・ムーン)】の眉間のど真ん中に、刃区(はまち)に至るほどに深く、剣が突き刺さった。


「ああっ!」


 叫んだのはイーヴァンだ。細い筋張った手指で顔を覆った。恐る恐る、指の隙間から「主であったもの」の様子をうかがう。

(ザ・ムーン)】は無言だった。悲鳴も上げない。攻撃を止め、両方の目を中央に寄た。

 己の額に何が起きたのかを確認すると、口元に浮かぶ悦楽の笑みが大きくなった。

 僅かに遅れて、別の風音がなった。

 赤い、細い、長いものが飛んでくる。

 申し訳程度に尖った切っ先が、クレールのこめかみに突き立てられようとした。


「ああっ!」


 この悲鳴もイーヴァンのものだった。思わず目をつぶっていた。


 クレールはこの「攻撃」を上体を僅かに反らしただけで、避けた。

 避けつつ、左の腕を持ち上げた。

 左手は目の前を猛烈な勢いで横切ろうとする棒きれを、さもそこに据え置かれてあるものかのように、掴んだ。

 瞬きなどしない。「攻撃者」を確認することもしない。

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