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過信、盲信

 このイーヴァンという若者は、よく言えば一本気、悪く言えば短絡的な性格をしている。

 だから実際に剣を交えていない「下男」(ブライト)の存在は意識の外にあった。

 重ねて不幸なことだが、彼の心身の衰弱は彼の心眼をさらに狂わせていた。

 目の前の男がどれほどの力量を持っているのか、今の彼には冷静に計ることができない。


「退け」


 イーヴァンは言った。

 肩で息をしている。普段は軽々と振り回せる幅広剣(ブロード・ソード)の重さに、今はようやく耐えていた。膝が笑っている。意地だけでどうにか立っていた。

 霞む目に見えたのは、貧相なまでに「細い槍」を左手に握り、みすぼらしい剣を一振り腰に下げている頼りなげな下男の姿だった。


 この男がチビ助の家来であるならば、(あるじ)を守るため、槍で突くか、剣を抜くかして自分に攻撃する筈だ。そうでなければこちらの攻撃を身を(てい)して防ぐに違いない。


『俺なら、ヨハンナ様を守るためにそうする』


 ところが。


「あんたがウチの可愛いおちびちゃん(モンプティット)をぶっ倒して、あの『化け物』の寵愛(ちょうあい)を取り戻してぇってンなら、自由にするがいいさ」


 ブライトは道を空けたのだ。


「何を言っている?」


 イーヴァンは目を見開いた。事態が飲み込めない。


「さっさと行けと言ってるのさ。

 てめぇと『愛しいご主人様』とが二人でかかりゃ、今のあいつになら、もしかしたら勝てちまえるかもしれねぇぜ」


 驚くべき言葉だった。主が殺されることを望んでいるようにすら聞こえる。


「貴様、主君を守ろうという気がないのか? この不忠者め」


 忠義者イーヴァンの眼中の火が、嫉妬から怒りに変じた。彼は剣を振りかぶり、ブライトに斬りつけた。

 剣は中空で停まった。ブライトは右の掌で剣の身を受け止めていた。

 イーヴァンは愕然とした。

 彼の長剣は、重さと腕力でどのような相手をも叩き伏せ、撃ち斬ってきた。

 体力を失っている今のイーヴァンではその持ち味を生かすことができないのは確かだ。斬撃に本来の攻撃力はない。

 それでも、抜き身の本身である。防具も用いず、手袋一つはめているだけの素手で受け止めることができようか。いや、そういう形の「防御行動」をとろうという考え自体、浮かばない筈だ。

 日中の酒場で、そして先ほどの楽屋で、クレールがか細い剣を使って自分の斬撃を防いだことでさえ、イーヴァンにとっては信じられぬことであった。その剣が木刀であると知った時には(ろう)(ばい)した。

 そして今、イーヴァンは驚愕した。


「不忠者たぁ、面白い物言いだな」


 ブライトは長剣を掴むと、軽く引いた。釣られてイーヴァンの体が前へ倒れ込んだ。

 床に伏して振り仰ぐイーヴァンの顔を一瞥(いちべつ)すると、ブライトは右手に掴んだ剣を軽く放り投げた。

 切っ先で半円を描き落ちてきた剣の柄を、彼は無造作に引っ掴んだ。

 剣先がイーヴァンに向けられた


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