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自分に正直な男

 ブライト・ソードマンは「嫌いな人物」に対する嫌悪感を押さえることを知らない男だった。

 よしんば、その顔が笑顔であり、声音が平静であったとしても、頭痛と狂気が変じた『尖った悪意』が皮膚を突き破ってにじみ出る。

 周囲の者、あるいは彼自身が、その細く鋭い感情に気付いていないとしても、エル・クレールは感じ取ってしまう。その切っ先はギュネイと縁の深い彼女の胸を痛ませる。

 胸の痛みの上に耳からも言葉の毒を盛られてはたまらない。であるから、彼女は敢て訊ねることはない。


 ところが人間という生き物は複雑にできているらしい。触れれば痛いと判っている針の先に敢て指を添えることをしたがる。

 今もそうだ。

 目の前の風采の上がらない男が、悪態を吐くか、あるいは、苦虫を噛み潰したような顔で舌打ちするかするのを、彼女は待ちかまえている。


 ――己から(あえ)(たず)ねはしない。相手が勝手にしゃべっているのだ。


 己の胸に言い訳を聞かせると、エル・クレールはまぶたを痙攣させながらポスターをにらみ付けている十五も(とし)(かさ)の男の様子を、じっと見つめた。


『きっとこの人は、唾棄する筈。叔父……いいえ、多分叔父と同姓同名の戯作者か、あるいはその名前にこだわる私に対して』


 まるで剣山の上に手をかざしているかのようだ。それも針先が触れない程度の、しかし僅かな揺らぎを得れば指先が傷つく距離をもって。

 そして白い皮膚の中から己の赤い血潮がにじみ出ることを待ちかまえている。

 遠回しの自傷行為だ。


 ところが、普段なら(りん)が突然炎を上げるように、瞬間的に悪態を吐き始めるはずのブライトが、口を真一文字に結んで黙り込んでしまった。痙攣する瞼を静かに閉ざしている。

 それはほんのひとときのことであったが、クレールが不安に駆られるには十分な間であった。

 その間を置いてから、彼は小さく言った。


「お前さんは、俺が怒り出してあの『意気地のない(うら)(なり)(びょう)(たん)』の話をするのを期待してるんだろう?」


 ヨルムンガンド・フレキは背の高い痩せ男だという。その身体的特徴を()()してブライトは「末成り」と呼びつける。

 実際のフレキが「末成り」と呼べるような病的に痩せた体躯であるかどうか定かでない。

 ただ、しなやかな筋肉を鎧うた大柄なブライトからしてみれば、大概の男は痩せっぽちなのは確かだ。


 彼は瞼を閉じたまま、目玉をぐるりと動かした。……瞳が開かれれば、尖った眼光がエルの顔を射抜くに違いない。

 息を呑んで、しかし彼女は胸を張って答えた。


「フレキ叔父は私と親交のある親類です。親交といっても、父との間に幾通か書簡のやりとりがあった程度ですが……。それでも知った人のことです。多少ネガティヴな情報でももっと知りたいと思っては、いけませんか?」


「情報、ねぇ」


 ブライトの口元にいびつな微笑が浮かぶ。


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