革張りの木箱
「どうなっているって言うんだ。あの化け物、女の体の上に若様のような顔をくっつけて、若様のような声をひりだしていやがる」
グラーヴ卿の厚化粧の下から化け物現れたことを、マイヨールの脳味噌はどうにか理解してくれた。
初手から薄気味悪いと感じていたグラーヴ卿が、ついに人外の本性を現したのだと、マイヨールは確信したのだ。
しかも、この化け物は「形を変え」られる上に「別の姿を写し取る」能力を持っているらしい。
さすがに化け物が生まれついてグラーヴ卿の姿だったのか、あるいは途中からグラーヴ卿に化けたのかまでは解らないが、
「あの化け物め、よりにもよって若様に化けやがった」
マイヨールは拳を握った。今すぐにあの化け物に殴りかかってやりたい。だが彼は拳そ己の眉間に打ち付けることしかできなかった。
フレイドマルが目を擦りながら怪訝な顔をマイヨールに向けた。
「何が誰に化けたって? 大体、こいつは何の騒ぎだ? ええい、忌々しい。莫迦共が走り回りおって、埃が目に入っちまったじゃないか」
フレイドマルは両腕に何か抱え込んでいる。本人は隠しているつもりらしく、上着を箱の上に掛け回しいた。布は端の方はめくれ上がっていて、目隠しの意味をなしていない。
革張りの木箱だった。
マイヨールが奈落の隅に置いて、大事なネタ帳をしまっていたあの箱である。
一見、ありふれた作りだが、蓋を開けるには複雑なカラクリを間違えずに動かす必要がある。手順を知っているマイヨールでなければ開けられない。
大事に抱え込んでいる本人はおそらく知らないだろうが、中身は空だ。
入っていた物はブライト・ソードマンという田舎侍に「奪われ」た。ブライトは主であるエル・クレールと名乗る若い貴族にそれを手渡した。
そしてその若様は今、楽屋にいる。
『多分、いやきっと、乱入者を苦もなく打ち倒し、定めしお恙も無く、未だ楽屋に留まっておられる筈だ』
マイヨールはそれを確信しているが、座長殿が知るはずがない。マイヨールは少々いやみたらしく、
「あんた、なんでそんな物抱えてるのさ? いや、そんなことより、あんた目玉がどうかしちまったのかい? それともイかれたのは頭の方かね?」
「これは……」
言いよどんで、フレイドマルは慌てて箱を背中側に隠した。
いまさらそんなことをしても詮無いことであることを、彼も十分解っているようだった。それでも焦りや気恥ずかしさを何とか誤魔化そうと思ったものか、
「そんなことよりも、だ。ほれ、閣下がお待ちなのだぞ。早いところ女共を舞台に引きずり出せ!」
わざとらしく偉ぶった声を出した。
マイヤー・マイヨールがフレイドマル座長の胸ぐらをつかんだ。
「いくら阿呆でも、人間と、頭の後ろから尾っぽ生やした化け物の区別ぐらい付くだろう?
この場所のどこに『閣下』なんて呼べる偉い『人間』がいるって言うんだ?」
掠れ震えた小さな声だったがすごみがあった。