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人の理

『悪人だの悪党だのというのは……場合に依るが……あたしにしてみりゃむしろ尊称だ。でも罪人(ざいにん)やら咎人(とがにん)ってのは、蔑称(べっしょう)以外の何もんでもありゃしない』


 歪んだ考えだった。

 何故マイヨールがそういった思想を持っているのか、実のところ彼自身にもその理由は判らない。

 思えば子供の頃から擦れっ枯らしじみたひねくれ者だった。どうしようもない(はん)(こつ)は、あるいは親の代からの表現者という血筋のためかも知れなかった。

 彼は己の命が奪われることよりも、公的な書類の上に犯罪者の(そし)りを記されること、或いは、名を残すことなく罪人としてこの世から抹殺されることを嫌っている。

 目の前にある「モノ」が()しんば人であったなら、例えそれが死人でもいくらかは人の世界の()()()()に影響を与えられよう。

 この世ときたら、とうの昔に死んだ人間が作った法の縛りや国の仕来りに満ちていて、生きた人間を操っているのだ。


 だが相手が人間でないならば、(かん)()でも(ほう)()でもありはしない。人間でないモノが人の法を笠に着て、この世の書類に罪人の名を記すことなど有りはしない。


 グラーヴの型をしたのモノは、苦痛を喜ぶ叫びを上げつつ、床に倒れ込み、身悶(みもだ)えている。


 マイヨールは立ち上がった。

 間違いなくグラーヴはマイヨールにも楽団溜まり(オーケストラピット)にも注意を寄せていない。

 楽士連中を一人残らず通用口に押し込むと、彼は舞台の上に飛び乗った。


 人に似た形のモノが客席の椅子をなぎ倒して転げ回る様子、「それ」に従ってきていた役人の(てい)をした人間達までも蒼白(そうはく)な顔で「それ」からじりじりと遠ざかってゆくさまを、一段高い場所から見下ろす。


毛物め(ケモノ)


 つぶやき、マイヨールは舞台袖に固まって震えている団員達に視線を送った。

 眼に力が満ちている。

 彼の(りん)とした顔つきを見た途端、団員達の膝の震えがぴたりと止まった。青白い顔に血の気が戻るまでには至らぬが、動けるほどには恐怖を克服できた様子だ。肩を寄せ合いつつ、そっと出口に向かった。

 その一塊(ひとかたまり)の人間の、ほんの僅かな体の隙間から、別の人間の影が見えた。

 座長フレイドマルだ。

 見覚えのある大きな箱を抱え込んで、おろおろと周囲を見回しつつ立ちつくしている。

 舞台の上にマイヨールがいることに気付いた彼は、禿頭のてっぺんまで紅潮させた。出て行く人の流れを強引に逆らい割って劇作家の元に近寄る。


「一体何のっ……」


 大声で言いかけたフレイドマルだったが、


「……騒ぎだ?」


 語尾は消え入りそうなまでに小さく押さえられていた。


「見れば判りそうなものでしょう」


 マイヨールが(あご)で客席を指す。

 小柄なマイヨールよりもさらに背の低いフレイドマル座長は、ちょっとのびをするような仕草をし、その空間をじっと見つめた。

 そこに何かを見つけたらしい彼は、急に卑屈に頭を何度も下たかと思うと、マイヨールの腕を引っ掴み、元来た舞台袖の方角へ彼を強引に連れ込む。


 フレイドマルはアルコールと口臭の混じった臭い口をマイヨールの耳元に寄せて、抑えた声を出した。



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