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食べてしまいたいほど可愛らしい

「それでね。彼らに()いたのよ。あたしが探している坊や達がどこにいってしまったのか。

 でもね……皆が皆、とても愚かだった。

 そう、誰も彼も、知らないって言うのよ。

『いつの間にか、どこかへ消えてしまった』って。

 ……なんて腹立たしいこと」


 (こご)えるほどに冷たい声だった。マイヨールは手足の指先がじんじんと(しび)れるのを感じた。

 含み(わら)いの()が、グラーヴ卿の帽子の下から漏れる。


「アタシの所には優秀な家臣は居ない。

 アタシが対処に困ったようなとき、アタシの考えていることとは違うよい方法を考え出して、それを実行できるような、優秀な家来が一人もいない。

 アタシの家来はみんな、なんの考えも持っていないのだわ。自分で考えようなんてちっとも思わないのね。それでアタシがいろいろと考えて、命令を出すのを待っている。

 困った子達でしょう?

 だから今日だって面倒な命令をしないといけなかったのだわ」


 マイヨールの全身が(あわ)立った。

 無惨(むざん)で恐ろしいことがあの場所で起きたに違いないという確信が、彼の全身から熱を(うば)った。


 相槌を打つことを忘れたマイヨールの、ただ開いているだけの眼の中に、黒い鍔広の帽子がぐるりと動くのが写り込んだ。

 グラーヴ卿の顔は舞台の向こう側に向けられている。

 やや遅れて、マイヨールの目玉が同じ方角を向く。


「アタシはね、食べてしまいたいほど可愛らしい白髪頭のエル坊やと、どうしても抱え込みたい下僕が、アタシ達よりも早くここに来ているのではないかと思ったの。

 そうしてここで、マイヨール……お前が命の恩人を接待しているだろうって想像したのだわ。

 接待なら舞台の側ではなく奥向きに居るだろう考えついたの。

 だからうちのイーヴァンに命じたのよ。

『もし二人を見かけたなら、丁重(ていちょう)にあたしの所までお連れしろ』

 と、ね」


 グラーヴ卿が一歩足を踏み出した。

 舞台の幕の向こう、壁の裏には細い通路があり、その先には楽屋がある。

 そこには、こちらからの「合図」を待っている人間が三人居る。

 マイヨールは(あわ)てて腰を伸ばした。


「ええ、おられます。確かにおられます。

 お二方は、閣下がおいでになる少しばかり前にこちらにお見えになりました。

 それで、裏でお待ちいただいておりまして……つまり閣下がご到着なさるまでの間しばらく……ただ今、裏方の者に呼びに行かせましたから……」


 グラーヴ卿の行く手を、彼は体で(さえぎ)った。

 勅使はマイヨールとほとんど密着した状態で立ち止まった。


 地面の下から物の壊れる小さな音がした。


 舞台装置担当の怒声、端役の踊り子の悲鳴、座長の声に似た恫喝が聞こえる。


『ええい、このややこしいときに、禿チビめが奈落(した)でなんのヘマをやらかしやがった?』


 マイヨールが内心舌打ちをしたのとほとんど同時に、絹を裂く悲鳴が楽屋の方角で上がった。

 グラーヴ卿が真っ黒な外套(ローブを)を波打たせて、クツクツと(わら)った。


「イーヴァンは……マイヤー・マイヨール、あの時あの酒場で、お前に斬りかかったあの子だけれど……あれはアタシの手の者の中ではすこしは()()な方なのよ。

 つまり、ときどきアタシが思いもしないようなことを考えついて、それを実行することがある、という意味でね」


 卿のねっとりとした声と重なって、楽屋から男の叫び声が聞こえ、重い物が地面を砕く衝撃の轟音が芝居小屋全体をびりびりとゆらした。


「……ほらね。丁重にと命じたのに、力ずくになってしまった」

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