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老嬢の母心

 昼間、村でただ一つの呑み食い屋で「強制執行」されかけた時には、幾分かはこちらの立場に理があったから、かばってくれる人(クレールとブライト)が現れた。お陰で危ういところで首が繋がっている。

 マイヨールは己の首筋をなで、肩をすくめた。


「クレールの若様に嫌われることになったとしても、すぐにお逃がしせずに、ちょっと顔を出してもらっていた方が、いくらか良かったかかもしれんねぇ」


 大げさに身震いし、ふざけた小心者の笑顔を浮かたマイヨールは、軽口の口調で言った。身振りも言い回しも不自然で、つたなささえもある小芝居だった。

 これには見る者に芝居であることを印象づけ、言葉は台詞、すなわち「嘘」であると思いこませようという意図がある。

 つまり逃げ腰な本音を隠したいのだ。マイヨールは自分の弱さを「母親役(マダム・ルイゾン)」に見せたくないと思っている。

 虚勢の張り方が歪んでいるのは、彼が嘘を真実にみせかけ、真実を嘘で覆い隠すことを本分とする「表現者」であるからからやもしれない。

 クレールのような素直な観客であれば、演技達者の不自然な演技から彼の意図を読み取ってくれるであろう。

 しかし、同じ表現者であり、彼よりも老練な役者であるマダム・ルイゾンならばどうだろう。小僧っ子(マイヨール)の「稚拙(ちせつ)」な演出演技に(だま)される筈がない。

 彼女の目の奥に、怒りに似た寂しげな色が浮かんだ。


「あのお人は剣術がお強いそうだけれど、まだまだ子供さんでしょうよ。しかも元々わたいらとはゆかりのないお子さんじゃないの。

 あの細い肩の上に、()()()ら一座全員の命を乗っけたんじゃ、あんまりにも可哀相(かわいそう)ってものでしょう」


 ルイゾンは背の高い女顔の「少年」が、言葉も態度も乱暴な劇団員達に気圧(けお)されて、身を縮めて下僕の背中に隠れるようなそぶりをしているのを、他の踊り子達と一緒に見ていた。

 そのとき彼女は、この若い貴族の実年齢は、見た目に反してかなり幼いのではないかと感じた。


 例えば、親が早死にし、若くして家督(かとく)を継がされた幼子。

 世間の荒波の中に放り出され、(おぼ)れぬために背伸びをし続けなければならない童子。

 家名と責任の重さに泣き言を(もら)らすとさえ許されない小児。


 エル・クレールと名乗った「彼」が、最初にシルヴィーを抱きかかえてこの芝居小屋へ来たときに見せた紳士然とした態度と、その後の(しょう)(しん)(よく)(よく)とした様子のギャップが、マダム・ルイゾンにそんなイメージを抱かせたのだ。


 その想像は間違っていない。

 団員たちの母代わりという立場であるためか、ルイゾンは幼い者に対する慈愛の情が強い。その優しさが、彼女にある種の「真実」を見せたのだろう。

 眉根を寄せて額の皺を深いくしたルイゾンは、


「大体、最初から危ない橋を渡っているってのは承知の上のはずじゃないの。

 センセも(いっ)(ぱし)の男なら、大人の責任の取り方というやつを体現して、()()()に見せておくれ」


 マイヨールの肩を強く叩いたかと思うと、素早く背後に回り込み、尻めがけて脚を突き出した。

 マイヨールは舞台裏から文字通りに蹴り出された。

 彼はマダムから「貰った」、軸のずれた倒れかけた独楽(こま)に似た不安定な回転を、殺すことも増幅させることもせず、そのまま維持して舞台に躍り出た。


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