当世流の化粧術
知識勝負の劇作家であるマイヨールは、お城の中で退屈に過ごす人々の中で、男女とも厚化粧をすることが当たり前に行われているということを知っている。
だから、勅使グラーヴ卿が顔を白く塗り、唇を真っ赤に描くことを不思議とは思わない。
大体、彼自身役者の端くれであり、舞台に上がるときには、当たり前に白粉を叩き口紅を引くわけである。
舞台の上だけではない。化ける必要があると思えば、頬紅を入れ、眉を描くことを厭わない。
だからこそ、マイヨールはグラーヴ卿の化粧に違和感を覚えた。
『近頃の都の流行は、私のような田舎者には到底理解できないねぇ』
顔の造作も元の肌色もまるきり無視して、顔中に軽粉をべったりと塗り、口の周りを辰砂で縁取る極端な化粧は、マイヨールの感覚では日常生活には見合わないものに思えた。
神殿で儀式をする巫女であったり、薄暗い舞台に立つ役者や踊り子といった、神懸かりの憑代であれば、合点がゆく。
だが、美しいが薄ら寒い顔つきは、この世で生きる人間を表すにはふさわしくない。
あるいは、グラーヴ卿が実は覡の側面を持っているとでも言うのであれば、腑に落ちなくはない。ただしそんな話は、少なくともマイヨールの耳には聞こえていないのではあるが。
『同じ「男とも女とも判らぬ」お人でも、クレールの若様とは大違いだ』
楽屋に残してきた若様の、少し日焼けした顔を思い起こしたマイヨールは、思わずちいさな笑みをこぼした。
作客席では、作り物じみて人形のそれにさえ見える硬い笑顔を浮かべ続けるグラーヴ卿の側で、厄介者のフレイドマル座長が忙しなく足踏みをしていた。
広い額が脂汗でテラテラと光っている。それでいて、薄っぺらな唇はかさかさに乾いているらしい。愛想笑いの合間に何度も舌で舐めていた。
辺りを見回す目玉は、不安げに宙を泳いでいる。
誰かを探しているのだ。自分を助けてくれる者を求めている。
彼の空虚な視線が探し求め、探しあぐねている人物は
『この私、だろうねぇ』
マイヨールは、自分の不始末の片を付けあぐねる頼りない「上役」に呆れ果てた。
そしてふと、このまま出て行かずにいたら、あの禿はどうするだろうかと思った。
まず間違いなく、フレイドマルの顔色は白粉まみれのグラーヴ卿と見まごうくらい蒼白になるだろう。
足下には、緊張が流れさせる脂汗と恐怖が漏らさせる小便の混じった、薄汚い水たまりができるに違いない。
『大げさで見苦しい貧乏揺すりと身震いで、元々低い背丈をもっと磨り減らすがいいさ』
いっそ虫けらほどの大きさになってしまええば、人を下に見てふんぞり返る真似もできなくなるだろう。そうして自分でこしらえた足下の汚水で溺れてしまえばいいのだ。
そこ意地悪い笑みがマイヨールの顔面を覆った。




