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賢明なる暗愚

 エル・クレールは小さく頭を振って、自身を現実に戻した。


「あのとき母はとても怒って、すぐに一座を国外に追放するべきだと主張しました。ですが父は『作り話に過ぎぬ』と言って、笑っていた」


 エルの瞳の中で、思い出の懐かしさと、未だ消えない疑問とが、混然とした充血を生んでいる。

 ブライトが鋭いまなざしで言う。


()(ざま)の殿様のとる態度としては、親父さんのやり方は、小賢しいくらいキレた方法だろうよ」


 驚きに持ち上がったエル・クレールの顔の前で、彼は指を二本立ててみせる。


「第一に、領民が喜ぶ。第二に、帝都に偽報を流せる」


「どういう意味でしょう?」


「言論と芸術は締め付けすぎると暴発する。ある程度は大目に見ておけば、とりあえず領民が王様に不満を言うことはない。これが一つ目。

 適度に『取り締まらない』ことによって、対外的には『領内を統治し切れていない暗愚な殿様』を装える。こいつが二つ目だ」


「しかし、暗愚が過ぎれば、それは取りつぶしの格好の材料になりはませんか?」


 当然の疑問に対し、ブライトは少々見下すような笑みを浮かべた。


「その時結局はその興行、取りやめになりゃしなかったか? 親父さんの家臣の中でも頭の切れるヤツが、座頭に掛け合うか何かしただろう」


 小馬鹿にされていることに気付いたエルだったが、それに対する抗議はできなかった。

 記憶をたぐれば、確かに一座は芝居の演目を変えていた。


(ゆう)(ひつ)のレオン・クミンが父に何か進言したようです。内容は詳しくは知りませんけれど」


「そうやって『殿様が抜けてても回りに優秀なのがいてもり立てていますから、下手に手出しをしない方が良策ですよ』ってアピールをした訳だ。計算ずくでな」


 四百年続いた王朝を滅ボスコとを選んで自分の元家臣の前に跪き、捨て扶持を与えられた哀れな元皇帝ジオ三世――クレール姫の父親に対して向けられているであろうブライトの笑みに、下卑た軽蔑は微塵もなかった。

 エル・クレールの顔は得心と安堵と、少しばかりの誇らしさに満ちた。

 が。


「ところでお前さん、何を唐突に『作り話のお定まり』の疑問を蒸し返したりしたんだ?」


 今度はブライト・ソードマンの顔の上に疑問の色が広がっていた。

 エル・クレールは童女のように微笑んだ。


「この祭りにも地回りの劇団が来ていて、時代物を上演すると聞いた物ですから」


 祭りの雰囲気は、通りすがりに過ぎない彼女の心をも浮つかせているらしい。

 ブライトは酷く驚いて、


「おいおい、まさか芝居見物がしたいなんて言うんじゃなかろうな? 普段ならお前さんの方が()()(せん)をケチるんじゃないかね」


 エル・クレールは彼の的を射た嫌みに苦笑いしながら店の片隅を指さした。

 薄汚れた手書きのポスターが一枚、申し訳なさそうに壁に貼られていた。


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