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能ある鷹は爪を隠す?



「はぁ……疲れた。私に縁談とか縁遠い話かと思っていたのに。引きこもり生活のために楽に過ごすための事業も確立してないし。ほんっと最悪」

リーゼロッテは癖毛の強い赤髪を払いのけ、90kgある巨体をベッドにひずませた。


外行き用のドレスのコルセットの紐を緩ませ、ベッドの上で散乱している”読みかけの資料”に手を伸ばすと、タイミングよくノック音が聞こえた。


「リーゼロッテ様、ブルーベルです。香油事業の投資の件の資料集めして来ましたので確認して欲しいです!」

ブルーベルと名乗る侍女は水色のショートヘアをさらりと揺らし、部屋に入ると両手で大切そうに抱えている10枚以上の資料をリーゼロッテに渡した。


リーゼロッテは受け取った資料を読み込む。うん、うんと頷きながら、満足気に最後に1回大きく頷いた。


ブルーベルはリーゼロッテ唯一の専属の侍女。8歳の時からずっと使えており、今では数少ない味方であり、家族のような存在だ。


明るく、逞しく、聡明だが、どこか抜けているところがある。しかし、絶対にリーゼロッテを裏切らないことはわかっているので、リーゼロッテも絶対の信頼をおいている。


それに変わり者だ。


リーゼロッテはありがとうと、お礼を言うとブルーベルの頭を撫でる。

ブルーベルは光悦に満ちた表情を浮かべ、だらしなく口を開けた。


「リーゼロッテ様が頭を……ふふッ、こんな光栄なこと一生たりとも忘れられません。ふへへッ……」


崇敬した念をリーゼロッテに抱くブルーベル。いつもの事ながら本当に変わっているな、とリーゼロッテは呆れる。


撫でる気を失くしてしまったので、手を降ろすと。

「もっと撫でて下さってもぉ……」

「いや、撫でる気失せるでしょ。もう少しこう、慎みある態度を取ってくれないと、こっちも反応に困るというか」

「む、無理です!リーゼロッテ様からのよしよしは何よりのご褒美なんでッ!あ!あと、香油事業の投資の件、早めに決めていただきたいと――」

「ああ、それなら、するわ。食品事業にまで手を広げるのであれば協力は惜しまないと伝えて」


机に移動すると、インク壺につけている羽ペンを取り出し、白紙の紙に投資と条件の旨を伝えて行く。特注した印章を押して、封筒にしまい、ブルーベルに渡した。


「食品……ですか?なんでまた……」

「最近、砂糖が高騰化して、入手もしづらくなったでしょう?その代用品が香油」

「でも、香油って体や衣服に匂いをつけて楽しんだり、部屋の芳香剤とかに使われるものですよね?」


香油は貴族から平民まで、幅広く慕われる娯楽品だ。一般的には香りを楽しむための製品なのだが、それを食品に使う意味がブルーベルには理解できない。


「……そうね、ここに2枚のクッキーがあるんだけど。食べてみる?」

「はい」


リーゼロッテはどう説明しようかと、顎に手を置いて思案すると、自分の引き出しにあった、2種類のクッキーを取り出した。見た目は2種類共変わらないが、片方だけ手がつけられてなくて、もう片方は残り3枚しか残っていない。


まずは、新品同然のクッキーを差し出した。

「どう?」

「あむ……。ん。美味しいですけど、砂糖少なめのやつですよね?やっぱ砂糖多くないと物足りません」


リーゼロッテは次に残り数が少ないクッキーを差し出した。つぶつぶとした黒い粒意外はそんなに見た目は変わらない。プレーンのクッキーだ。ブルーベルは自然な流れでそれを口に含んだ。


「あ、これ美味しいです。バターと……なんか甘い味がして……クッキーを食べてるって感じです」

「そう、でもこれ、使われている材料はまったく同じものなのよ」


リーゼロッテは得意げにほほ笑む。はち切れんばかりの頬肉が吊り上がり、見る人が見れば気味の悪い笑みだ。


ブルーベルは本当に意外な顔で「本当ですかッ!?」と問い返した。思案するとすぐに答えはわかったようだった。


「……と、いうことは後者のクッキーは香油を使われているということなのですか?不思議です、確かに甘い感じがするのに」

「……あなたは信用しているから答えるけど。私たちは食べ物を口にする時、主に味覚と嗅覚で味を認識するわ。脳が味覚と嗅覚の情報を認識し、情報を解釈して特定の味を認識する。つまり、甘いクッキーに甘い匂いを加えれば、匂いのないクッキーより味を感じやすくなるし。ほら、鼻を摘まんで食べ物を摂取すると、あんまり味って感じないでしょ?」


「たしかに……!リーゼロッテ様ッ!すごいです。でも、この香油はどこで?」

「ほら、この間お父様が南方のお土産でバニラビーンズの香油なるものを購入されたでしょ?その時にね。その香油を使ったの。……嗅覚云々の知識はこの間呼んだ医学書の受け売りだけど。ま、あの知識は役にたったわ。おかげで私の食事だけ美味しくなったし」


意地の悪い笑みを浮かべると残りのクッキーをブルーベルに渡した。

そして、勝ち誇ったように胸についた脂肪を揺らした。


「香油事業はまだ誰も手をつけてないし、食用にアレンジすれば香辛料より容易に増産することもできるわ。長期的にみればコストカットもできるし。今の市場を考えれば投資話としては最適。香辛料より安く販売できるから、平民向けにも生産できる。...…さて、誰かに手をつけられる前にさっさと手紙を渡してきて!」

「はい!ではちょっと行ってきます!」


ブルーベルはクッキーと手紙の入った封筒をもって、慌ただしく部屋を出ていった。


リーゼロッテは6歳のあの事件を皮切りに屋敷の中にこもっていた。

最初はふさぎ込んでいたが、年を取るに連れて、自分を可愛がってくれた父親は老い、その力も衰えることは少し考えればわかる。


一生この屋敷に引きこもることは無理な話だ。将来のことを考えると不安に残ったリーゼロッテは家にあった不必要なドレスを売り払い、それを元手に金策をすることにした。


最初は小規模な投資から。汎用性があり、親しみやすい事業を見極め、利益が見込めるものに投資する。それが成功し、成功を重ね、今では没落貴族1家分買い取れるくらいの資産がある。


だが、ブルーベルを雇って引きこもるくらいのお金としてはまだ足りない。それに長期的に投資している事業大半の資産が奪われているので、今家を追い出されてはリーゼロッテ自身も困る。


今は自分の名前を伏せて投資、事業への参加をしているものの、女性だとバレれば、女卑意識のある貴族社会、商人社会で疎まれるし、契約も切れる場合がある。その時に伯爵家があれば、口八丁でなんとかなる。


リーゼロッテも考えがあって、伯爵家から出られないのだ。


ちなみに、この投資話はブルーベル以外は知らない。父にいらぬ心配をかけたくないし、兄妹が知れば変に介入されてビジネスチャンスが潰される可能性がある。


とにかく、これは自分の生活を守るための行為だった。と、まぁ、人知れず投資をして資産も脂肪も増やし続けるリーゼロッテは今日も大切な取引はブルーベルに任せ、自分は部屋の中で新しいクッキーを貪りながら昨日読みかけた、穀物の市場調査に関する資料に目を通すのだった。

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