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異世界から来たリクは本当に使えない  作者: 地底人のネコ
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リトル・ウィッチ族の魔工師。メメル・パルクリア

かつて先の大戦と言われる『エルダの戦い』があった。


渇きの王は古の時代の技を用いて異世界から勇者を召喚し、かつてのアカナ教を滅ぼそうと目論む。

しかし『致命的な何か』があり、作戦は失敗に終わり。

タントリノまで迫った軍勢は駆逐される。


残されたのは戦いの負の遺産。


そして『メメルの卵』を抱いた1人の男の子だった・・。





「マザー・アカナはおっしゃった。『苦汁を舐め、荒野を耕す者に私は祝福の雨をふらそう』と。希望は常にそこにあるのです。」

「ありがとうございます。ガンロ司祭。落ち着きました・・」

「心を強くもちなさい。あなたの『憂い』このガンロがしかと受け取りました。」


『告白』が終わり、告白部屋からでると女性は何処か清々しい気持ちで教会を後にした。


「ふう・・。人の悩みを聞くのも楽な仕事じゃない・・。」

ガンロは経典をポンと閉じると教会の奥にあるマザー・アカナの像に祈りを捧げた。


大きく作られたセレナイトでできた窓から西日が差し込み、外から子ども達の笑い声と井戸端会議の声がする。

聖堂の並べられた長椅子にはお婆さんがうたた寝をし、手を浄める為の石の水瓶に波紋が出来た。


「マザー・アカナ。日々の寵愛に感謝します・・。アーニャも立派な女の子に成長しました・・。どうかアーニャにますますの寵愛と加護を・・。どうかアーニャの罪を許したまえ・・。」


するとどうだろう。

ガラガラガラガラ!と雷鳴のような馬車の音がして教会の扉が開け放たれた!

バーン!!

「ガンロさまー!!!いま帰りました!!!」                                       

「うお!びっくりした!!アーニャ!おかえりや!!」

[アーニャお姉ちゃん!!]

[アーニャお姉ちゃんが帰ってきた!]

アーニャの声に合わせて沢山の子ども達も教会に入ってくる。


良く見たらメメルもいるのだが、子ども達の波に呑み込まれてしまった。

「はーい、みんな!2列に並びなさい!!ギアーテ王国領タントリノの司祭であります、バッカス司祭がお菓子をくださいました!みなさん、タントリノの方に礼を!マザー・アカナに感謝をしながらお上がりなさい!!」

「「はーい!!」」


アーニャに言われて子ども達が2列に整列する。

ガンロは、それを見守る。


「じゃあ、お菓子を1つづつあげますよー!はい、ネルケの子、スナイデ!オーラの子、ナイケガスタ!ジャムの子、パトリシア!その弟パルマ!カイルの子と兄弟達!コルネ!コルクリア!ココ!・・・あと、赤子の」

「コーネルです。」

コルネは赤子を抱いてアーニャに言う。


「そしてコーネル!!あと、そこにいるのは誰?ん?メメル?」


「私は、いらない!巻き込まれただけよ!」


「クルアの双子、クレアチスとクレア!オーカナの子、オーヴァン!ベルトの子であり三兄弟、ベルヴィッツ!ヴィッツ!ヴェルヴァ!いたずら好きの可愛いヴェルヴァ!ふふふ!」

アーニャがヴェルヴァの鼻を優しく摘む。

「きょ、今日は良い子にしてたぞ?」

「明日まで持つかしら?ヴェルヴァ?」


アーニャは1人づつ名前を呼びながら小さなお菓子を渡して行く。

子らはお菓子を掴むとアーニャとタントリノの方角に膝を曲げて会釈をする。


ガンロは微笑みながら頷いて見ていた。


「みなさん、邪神が口を支配しないように歯を磨きましょう!いいね?クレア?」

クレアが恥ずかしがりながらクレアチスの後ろに隠れる。

「アーニャ姉ちゃん。こいつはシャイなんだよ。な?クレア?」

「・・・。」


「クレアちゃん、私は毛むくじゃらだけど、モンスターじゃないから安心してね?アーニャ・クローラウス。よろしくね!」

アーニャが屈んで挨拶すると、クレアが手を伸ばした。

そして優しくクレアの手を取って握手する。

「やわらかい。プニプニしてる。」

「肉球って言うんだよ!ふふふ!」

「ほぇー。」

クレアが興味深そうにアーニャの肉球を両手で揉む。

どうやら緊張が解れたようで微笑みをのぞかせた。


「はーい!じゃあ、日が暮れるから解散!!!また明日ね、みんな!!」

「はーい!!さよならアーニャ姉ちゃん!」

「バイバーイ!」

アーニャが手を振ると子ども達が出てゆく。


「ふう、やっと静かになったわね・・。」

メメルがやれやれ、と言う顔をして帽子を直す。


「あれ、コルツは?」

「さっそく『アシッドスライムの唾液』で毛皮をなめしているわ。試したくて仕方がないみたい」

「そうなんだ!コルツらしいや!」

「そうね。じゃあ私は仕事があるから、またねアーニャ!今日は楽しかった!ガンロ司祭、失礼します!」

「さようならメメル!!」

ガンロとアーニャが手を振りメメルが駆け出した。

そろそろメメルの師匠のクルスが街に灯りを灯す時間だ。


「はっ、はっ、はっ・・。ふふふ。」

メメルが息を弾ませながら走り、時より思い出し笑いをした。

労働を終えた男達が酒場に入って行き、メメルを見かけた数名が手を振る。

「おぉ!メメルのお嬢か!いつもありがとうな!」

「そうよ!リトルウィッチ族のメメル・パルクリア様よ!私に感謝しなさい!」

「がははは!言わせておけば!」

メメルが悪戯っぽく笑うと、魔法の力でヒョイと飛んで見せた。

そして風のように広場を抜けると先に準備していたクルスの元にピョコンと現れた。

「こんばんはクルス師匠!またせたわね!」

「メメル!今日はアーニャと遊んでいても構わないのに?」

「そんなこと出来ないわよ!さあ、街に光をともしましょう?」

メメルは右手をクルリと返すと水晶のついた魔法の杖を召喚した。

クルスは紫のローブに二股の帽子と言う出立で、身長はメメルと同じくらいだ。

年齢は分からず・・。

ガンロがツェトリ村を開拓する頃には既に『メメルの卵』を持って住んでいたらしい・・。


リトルウィッチ族は他のウィッチ族と違って土地に縛られず、住処に決めた国や土地で魔法技術を披露したり魔法道具の行商をしていた。

その魔法に対する探究心と高い知能は軍事にも利用され、時の権力者はリトルウィッチ族を積極的に使い。

時に戦争経済の王として武器を売り、時に内通者の嘘を見抜く内部諜報員として上層部に君臨し、時に戦略家としての手案を買われることも多かった。


しかし時の権力者達はリトルウィッチ族を恐れるようになり、いつしか災厄の元凶として狩るようになっていった・・。

そして歴史舞台からリトルウィッチ族の名前が消えるとともに、過去のテクノロジーを知る者も消えてしまった。

今では『テテュリス』と言う機械生命体の骸が大地に横たわり、それを産み出した『知恵と技術の神 オーガイ』の信仰が細々と残るばかりだ・・。



帰路についた村は静かになり。

やがて楽しそうな声や夕食の匂いが家々から漏れた。


”“ーーーそれでコルツがジャイアントモアをご馳走してくれたの!メメルが抱きしめてくれて!”“

“”ほほほ。そうか、そうか。“”


暖かく灯った窓からアーニャの楽しそうな声が聞こえ、ガンロの影が動いた。


「クルス師匠、アーニャが今日の話をしているわ・・」

「よっぽど楽しかったんだね・・。」

「ふふふ・・。」

メメルが背伸びをして杖を近づけ、街頭に付いている魔光石に魔力を吹き込む。

魔光石は魔力を帯びると光を帯びて回転しだし、辺りを暖かく照らした。

「次に行きましょう。」


“”カタラン・・・コトロン・・カタラン・・コトロン・・“”

次は教会の横にあるパン工房だ。

「私、この音を聞くのが好きなの・・。」

「パンの仕込みの音だね・・?」

麦を引く巨大な臼からラバ(小さな偶蹄類)が解かれ、小さく火が灯った奥の工房でパン生地を伸ばす音が聞こえる・・。

街灯を灯すと、外の灯りに気づいた職人が笑顔を見せる。

メメルが来ているのを知っているのだ。



”コルツ兄ちゃん・・・。もう少しお話を聞かせて・・?“

”うーん。俺が眠くなっちまったよ・・。じゃあ亡霊鎧の話をするか・・?“

”えーーいやだー。怖い話じゃない・・“

家の奥で小さな蝋燭の火が灯って、コルツの寝かしつける声が聞こえる・・。

クルスはメメルを見ている。

「この時間になるとコルツの昔話が聞こえるの・・。兄弟達を寝かしつけているのね・・。」

「いつも思うが『眠りの笛』を使わないのは不思議だ・・。」

「私たちリトルウィッチ族と違って利口じゃないのね。でも合理的じゃない彼らが、私は愛おしいの・・。私も・・」

「ん?」

「な、なんでもないわ。クルス師匠。」

メメルが杖を持って先に歩き出す。

クルスは灯した街灯に照らされてメルルをじっと見る・・。



村を照らすと次は入り口。

そして一番海に面した小高い丘にある墓所を灯しに行く。

霊廟と墓所には年老いた吟遊詩人が住処にしていて、

ときより死者の慰めの音楽を奏でていた。

海に纏わる弾き語りが多いのは、タンクリノに出稼ぎに行って海難事故で亡くなる村人が多いからだ。

そして先の大戦の伝説も弾き語る・・。

時にその音楽はメメルの心をざわつかせ、スカートの端を無意識にギュッと掴むほどだった。


「こんばんは・・。今宵はあたたかいですな」

吟遊詩人がメメル達に挨拶をする。


「こんばんは。こんな暖かい夜はモンスターも出そうだけど?」

「ワシがいる限り墓地には誰もこんよ。メルルお嬢?」

「そうね・・。今宵の吟じる音楽は何かしら?」

「うーむ。『セイレーン島の巨人』にするかの?タンクリノの渇きの王の討伐隊もそこを目指すじゃろうて・・」

「そう・・・」


クルスが霊廟にある魔光石に灯を灯す。

メメルは手にかいた小さな手汗をスカートで拭くと灯す仕事に取り掛かる。


崖から見るとタントリノの方が明るい・・。

これから討伐の船に乗る兵士たちは、この墓地の灯をどのような気持ちで見るのだろうか・・。


吟遊詩人の音楽が夜風に乗って聞こえてくる。


メメルは円形の堀にかけられた粗末な橋を渡り、巨大な鉄の霊廟に灯りを灯す。

霊廟は巨大なすり鉢状であり、この霊廟がもともと何であったのか近くで見るよりは遠くから見た方が察しがついた。


「メメル。この霊廟は何か分かるかね?」

「・・わかるわよ。先の大戦のリトルウィッチ族の置き土産。三尺臼砲でしょ」

「そうだ。かつてタントリノ攻略戦に使用した負の遺産。兵士は地下にある弾薬庫から炸薬を運び出してトロッコを動かし、ここにある堀を通って大砲に詰めたのだ。ツェトリの前の村を滅ぼし、タントリノを砲撃し。

1万の軍勢と、テテュリスが配備されていたのだ。狼煙が挙がれば援軍として駆け付けられるように・・。」

メメルは、瓦礫で塞がれた弾薬庫の入り口を見た。

巨大な月明かりに照らされた地下への入り口から、渇きの王の兵士達の声が聴こえてきそうだ。

いや、兵士とは名ばかりの征服した近隣諸国の奴隷達だ。

征服した奴隷を次の征服する土地で利用する。

これもリトルウィッチ族の知恵か・・。


「メメル。僕たち一族が心を読むことに特化していることを知っているね?」

「ええ。」

「君は吟遊詩人が唄う渇きの王の大戦、細かく言えば先の大戦である『エルダの戦い』を取り上げた詩を極端に恐れている。ツェトリの人達に過去を詮索されるのを恐れ、また自分の血を忌み嫌われるのを恐れている。」

「・・・そう。リトルウィッチ族は真相心理を読み取り嘘を見抜く。

私は怖いの。この村の人達の顔に少しでも『疑念の相』の曇りが見えるのを。私は怖いの。さすらいの旅の支度に備えて食料を備蓄するのを。」


「我が愛しの妹、メメル。」


メメルは海から吹き抜ける風によろめき、クルスはそれを抱きしめた。


空には巨大な月と、赤い星が高らかに上がり、小柄な兄妹を照らし出す。


「お兄様。マザー・アカナが見ているわ。」

「強い風から弟子を守っているのだ。」

「ありがとう・・。クルス師匠。仕事に戻らないと・・。」

メメルがクルスの胸を押しながら離れ、そっとクルスはメメルの目に付いている涙を拭った。

墓石に置いてある香油が魔光石によって温められ、ほのかに金木犀の香りがした。



「メメル。よくお聞き?

恐れている気持ちはすごく良くわかる。しかし、ツェトリの者達を信じてやる事も大切なのだ。他人を恐れる気持ちは欲を生み、それは強い欲求となって更なる欲を生む。やがて強い欲は支配欲となり。やがて他人を意のままに操らんとする禁忌の魔術の虜になるのだ。その先にあるのは闇の魔術。しかし、闇の魔術を持ってしても満たされる事はない。

さらに先にあるのは筆舌にも耐えがたい『渇き』。

渇きは渇きを生み、やがて全てを奪い尽くす巨大な闇になるのだよ。僕はそれを・・ガンロ司祭に教わった。そして戒めとしたのだ・・。信じなさいメメル、そして愛されなさいメメル。」

「・・・クルス師匠・・。私、みんなを愛したい。」

「きっとそれは伝わるよ。僕はメメルが愛おしいように、きっと誰からも愛されるよ。」



香油の香りが立ち込める中、吟遊詩人の演奏が終わっていた。

どうやら眠ってしまったようだ。

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