在りし日のシムラ
塔の松明が消えてしまうのではないかと言うくらい大きく揺れ、マルリン大司教と人質のメルポ王国の王子が顔を見合わす。
メルポ王国の王子は迫る伝説の勇者達に震え上がり、恐怖と喉の渇きで呼吸も浅かった。
「マルリン大司教・・今のは・・」
「ホーリートロルの・・断末魔だな」
メルポ王国の王子とマルリン大司教は更に上のフロアに居た。
そこには大女神アカナと、神々が描かれており、人類と神々とアカナ神が対立した時の描写がされていた。
「メルポの王子よ・・その更に上の階にはアカナ教の使徒達が異世界の切り離しを行っておる。私を置いて先に行くのだ」
「マルリン大司教はどこへ??」
「ここで伝説の勇者達を食い止める。じきにここにもやってくるだろう・・」
「しかし・・切り離すと言っても確認しただけでも30000近く伝説の勇者と”ブリン・ダイナル”が存在するのですよ?それを手作業となるといつになるやら・・!」
「しかしやるのだ!!私は良いから先に行きなさい」
マルリン大司教はメルポ王国の王子の背中を押すと地底の都ダキニの亀裂ダンジョンに眠っていた『叛逆の短剣』を構えた。
マザーアカナは伝説の勇者が外界と繋がっている事は助言しても、肝心の神の力による手助けは神託には含まれていなかったのだ。
「そ、それは??」
「地底の都『ダキニ』より、地の底より染み出すアーズ・ナニスの血を吸ったとされる短剣だ。これで己を突き刺せば、神と同じ力が得られると伝え聞く」
「・・しかし、それは邪神の血ですよ?」
「邪神とて神と変わらん!アカナ様の加護なき今、力を貸してくださるなら神は選ばん!!」
メルポの王子は、切迫するマルリン大司教の後ろで邪神ナニスとイルの笑い声を聞いた気がした。
「マルリン様・・!どうかご無事で…!」
「・・うむ」
メルポの王子は壁を数回触ると秘密の部屋を開けるとそこに消え、マルリン大司教は静かに伝説の勇者が来るのを待った。
──────
write:「あれ?ログアウトしないんですか?」
最初に異変に気づいたのはwriteのフレンドだった。
writeのフレンド:「ん?ああ。そろそろ明日に響きそうだから辞めたいんだけど・・どう言う訳かログアウトできなくてね」
write:「私はできますが・・?通信障害ですかね?暫くしたら復旧するかも」
アカウント:「俺もできない」
アカウントB:「僕はできるけど・・」
数名のアカウントが退出できない事に気付き始め、まるでそれが伝染するように増え始めた。
ヒキ:「俺もできなくなってる。シムラはできるか?」
当のシムラは体操をしながら次のボス戦の準備をしていた。
シムラ:「俺は退室なんてしないから関係ないよ」
シムラと同じパーティーであるV CHANも気にしていないのか、杖のアビリティーをいじるのに余念がない。
writeはなんとなく心配になって自分のスマホを見ると『退室』を探した。
が・・・。
write:「あれ、私もない。通信障害かな」
writeの画面からも『退室』は消え、更なる異変に気が付いた。
自分の纏っている『霧絹の衣』の、確かな質感を感じるのだ。
それは指にサラサラと纏わりつき、リアルな触感として手に残った。
ヒキ:「どうしましたか?」
ヒキがwriteに聞く。
writeが顔を上げると、この塔の石灰岩形を支えているオーク材や湿った外の匂い、今しがた戦ったホーリートロルの香油の匂いや皮製品の匂い。
装備している鎧や剣の鉄の臭いや潤滑油の臭いまでする事に気が付いた。
write:「あなた、ヒキ??」
ヒキ:「そうですけど…?」
そこには今までゲームで一緒にプレイしていた筈の、パーティーメンバーであるヒキがいた。
しかし、そこにはキャラクターメイクした顔とは程遠く、20代にも満たない青年がそこに居た。
このような経験は初めてだった。
writeのフレンドもwriteを見て目を丸くし、writeは無意識に黒くて太いボサボサの髪を撫で、腹の贅肉を隠した。
『霧絹の衣』は露出度が高く、自分が今アカウント達にどう映っているのか心配したのだ。
───アカウント達は徐々に異変を感じ始めていた────
階段を登るアカウント達。
息づかいと鎧が擦れる音が響く。
数名は臭いがある事に気付いてスンスンと鼻を鳴らし、お互いを見て首を傾げた。
jnon:「なんか・・剣が重いな・・」
アカウント:「そうですよね・・なんか身体がリアルに重くて・・ハァ」
アカウントB:「最近のゲームはリアルですから。もしかしたらアップデートがあったのかもしれません」
シムラ:「ここか・・」
シムラが重厚そうな金の観音扉の前の立ち、アカウントが2人かかって開く。
そこには巨大な聖典を読んでいるマルリン大司教が居た。
シムラを初めとするアカウントの軍団は訓練されたように散らばり、個々に強化魔法の詠唱を始める。
マルリン大司教は決心したように聖典を地面に置くと腰に差していた短剣を抜く。
その顔は青く、恐ろしい程気迫があった。
そのリアルさにアカウント達は酷く動揺する・・。
まるで目の前で本当にマルリンと言う男が迫真の劇をしているような、そんな臨場感があった。
「ウェルカイラ・・シムラ。エラ、アカナティアエ ア ロデリ アズ トルサシリア(ようこそシムラ。そして伝説の勇者達よ。ここから先は通さんぞ)!!」
write:「えっ!?・・えっ?」
マルリン大司教は荒い呼吸をしながら短剣を持つと思い切り頭上に振り上げた!
「アマネシタリ!!アカナノニネ!!!!(マザーアカナよ!!今ここに!!!)」
write:「えっ!?」
マルリン大司教は躊躇う事無くグサリと腹に短剣を突き刺した!
赤黒い血がマルリン大司教の白いローブを染め、床に置かれた聖典を濡らす。
風に乗って血の臭いがアカウントを襲い、その苦悶の表情と吐血に、writeは背筋が凍った。
「マザーアカナ・・!!」
薄れゆくマルリン大司教の前には沢山の伝説の勇者達・・そしてそこに確かに邪神アーズ・ナニスが笑っているのを見た。
マルリン大司教の身体から暗黒の光と風が吹き出す。
そして立ち所に黒くなり漆黒の球体となってマルリン大司教を包んだ。
シムラ:「うおっ!すごい演出だな!」
ヒキ:「マルリンの第一形態だな・・。あと三形態あるはずだ・・。対策は?」
シムラ:「やってみないと分からないよ。どんな相手かも情報に無いんだし」
V CHANとwriteの補助魔法が始まる。
write:「ワ、ワクナフローリ?」
writeはモルダ王の王笏をかざして呪文を言う。
しかし、それは確かに口で発せなければならず、少しだけ恥ずかしかった。
本来魔法は手に持つスマホでいじるか、詠唱しなければならない。
しかし、詠唱すら自動的に行われる為、こうして喉から発する事は皆無だった。
そして何よりMPがあるのに魔法が出ない。
writeはふと、ゲームの作中にエスダームの大魔女が言っていた事を思い出した。
“”魔法は精神と繋がっているからネ。常に平常心じゃなきゃダメだよ””
V CHAN:「大丈夫?私がやろうか?」
沈黙を破ってV CHANが心配そうに聞く。
V CHANは40歳くらいの女性で色白で綺麗だった。
ファンデーションやシャンプーの匂い。
V CHANが先ほどまで洗顔し、メイクを落としていた形跡すらわかる。
これが最新のアップデートでは無い事は明らかで、現実と非現実の狭間で言い知れぬ嫌な予感と、得体の知れない恐怖があった。
write:「は、、はい」
V CHAN:「あなた、その顔・・?」
V CHANが魔法を詠唱を始め、writeはアカウント達の群の後ろに下がった。
アカウント:「シムラさんが前戦から飛び退いたら俺らの番だからな!頑張ろうぜ!」
アカウントB:「おー!」
アカウントC:「俺らの出番なんてあるのかよ?────っ!?」
「ある訳ないだろ!あはははは!」
write:「す、すいません。通ります」
アカウントCとぶつかり、不思議そうな顔をしてwriteを見る。
writeは出来るだけ顔を隠しながら、頑丈そうな長盾を持った重装アカウントの後ろに収まった。
暗黒の玉が開き、中から白い男が現れた。
ただただ白い身体に、成長した反逆の剣と一体化した腕。
そして両性具合なのか胸と、肩までかかる白い髪があった。
そして赤い瞳は宝石のように輝き、マルリン大司教の面影は無かった。
白い人は深呼吸をしながら髪をかき上げてしみじみと言う。
「うーん、久しぶりの地上も悪くないねぇ・・まさか封印したアカナの子らに復活させられるなんてね・・」
シムラ:「お前は誰だ?」
「アーズ・ナニスだよ。アーズ・イルとは双子で、マザーアカナに封印されていたんだ。まぁ、この身体は滲み出た血から産まれた完全形態では無いんだけど。マルリンさんは、私に助けを乞う程切羽詰まっていたんだろうね」
邪神ナニスは悪意のある子供のような、無邪気で邪悪な顔をしながら話す。
「ま、マザーアカナを信仰しているとは言っても僕の大事な“デルマ(最初に神々に造られた始祖人間)”だよ。彼が僕に救いを求めたんだ。期待に応えないとね・・最も───」
シムラは身構える。
「君達が僕の期待に応えられる程歯ごたえのある人達だと良いんだけど・・伝説の勇者サン??」
ナニスは全身から水飛沫を出すと巨大な黒い波を従えて突進してきた!
シムラ:「水属性か!?」
ヒキ:「いや・・!!暗黒だ!!」
V CHAN:「シャインツァーエル!!」
尽かさずV CHANが魔法を詠唱し光の結界が出来る。
ナニスの全身が当たるも、立ち所にバリヤーに弾かれ、ナニスは弾かれながらも宙返りして体勢を立て直した。
ナニス:「おお、これは驚いた!こんな早く防御魔法を展開できるとは」
シムラ:「V CHANグッジョブ!!」
ヒキ:「光の防御魔法か!ナニスは闇属性か・・!」
V CHAN:「シャインツタニル!!」
光属性が弱点と見るや否やV CHANの光属性攻撃補助魔法が展開する。
V CHAN:「ライトニングスピアー!!」
そして魔法の杖から光の槍を出し、雷のような閃光を放つとナニスに直撃した!
シムラ:「当たった!」
ヒキ:「まんまり効いてないけどな…!」
ナニスは何事もなく体勢を立て直すと感心する。
「すごいじゃん!これはどうかな?『ガルガンド』!!」
ナニスはオルオガーテの工兵の武器である『爆弾槍』を5つ空中に出現させた。
ヒキ:「シムラ!魔法アイテムのガルガンドだ!防御魔法は効かないぞ!」
ナニス:「そうだよ!!かかれ!!」
ナニスが右手を挙げて振り下ろすとガルガンドが次々とシムラに降り注いだ。
シムラが持ち前の素早さでガルガンドを交わし、着弾した爆風を利用して一気にナニスの懐に入ろうとする。
ナニス:「『我の期待に応えよ』!!」
ナニスは素早くシムラの急接近を回避すると、右腕を薙ぎ払って暗黒の亀裂を造り、地面から『地を這う亡者』を複数体出した。
地を這う亡者達はシムラを掴み損ねると悔しそうに暗黒の亀裂に戻り、シムラは素早く回避すると壁を走り、大きく旋回してナニスにハルバート(光属性付与)の一撃をくらわせた!
「キャァッ!!」
ナニスは右の鎖骨を斬られると大きくよろめき、すぐさま右手を上げてと女性のため息のような魔法を唱えた。
「『テテュリオ』!!」
全身から天井まで伸びる氷属性の魔法を爆発させてシムラを凍らせながら吹き飛ばすと、離れたシムラに続け様に『ウォータースプラウト』と言う強力な水柱を地面から天井に突き上げた。
jnon:「氷魔法と水魔法を瞬時に使い分けている・・!俺らじゃ近づけない!!」
アカウント:「ここはひとまず第二形態までHPを温存しましょう・・!」
シムラがローリングしながらウォータースプラウトの連続魔法を交わしている間、V CHANのライトニングスピアの援護と共にヒキが前に出る。
ヒキ:「くらえ!」
ヒキが『聖壺の爆弾』を投げ、光属性のダメージを伴う発光体が残り続ける。
「くっ!!まぶしい…!」
ナニスは発光体に目が眩み光属性のダメージを受ける。
ヒキ:「行くぞ・・!!」
ナニスが発光体に進行を阻まれ立ち止まった刹那、ヒキの大剣による縦軸回転斬りが炸裂する。
「うぐあ!!」
額を激しく斬られたナニスがたまらず跪き、胸から赤く輝く『魂』を出現させた!
重装アカウント:「しめた!!ツェトリだ!」
新規アカウント:「ツェトリってなんですか!?」
重装アカウント:「敵の頭や急所に攻撃が入ると出現する『魂』だよ!これを攻撃すると大ダメージが入る!!急所への攻撃が強ければ強いほど、敵のダウンが長引くんだ!」
ヒキ:「うおお!!」
シムラ:「やめろ!!ヒキ!!攻撃が浅い!」
「わ、『我の期待に応えよ』!!」
ヒキが魂を攻撃しようとした瞬間、直ぐに魂がナニスの胸の中にしまわれ、ナニスが立ち上がって魔法を放った。
ヒキ:「うわ!!」
暗黒の亀裂から出た『地を這う亡者』に当たり、ヒキが吹き飛ぶ。
「『ガルガンド』!!かかれ!!」
尽かさずナニスが空中にガルガンドを10本出現させると、倒れたヒキとV CHANを初めとするアカウント達に爆発する槍を振らせた!
アカウント達:「うわー!!!」
write:「ひっ!」
重装アカウントの盾から漏れ出た熱風がwriteの髪を焦がし、慌てて頬を擦る。
そして、writeが懸念していた事が徐々に現実味を帯びてきている事に絶望した。
数名のアカウントも、その破壊力に驚き。
これがゲームなのか現実なのか不安になり、お互いを見た。
そしてお互いの顔を見合わせた者がギョッとし、キャラメイクとは明らかに違う”平凡な顔”に驚いた。
(おい、おかしくないか?)
(どうなってんだコレ?)
(なんか変だよ)
やがてそれは騒めきとなり、フロアを埋め尽くす。
数名のアカウントはフロアを抜け、スマホの『退出』が無い事に驚く。
ヒキとV CHANはダメージを受けるも踏みとどまり、ヒーリングスポットを潜った。
ヒキ:「大丈夫?」
V CHAN:「ウン!すごく痛かった…!!」
V CHANがガルガンドの破壊力に怯える。
鼓膜が震え、肌が裂け、骨が軋む感覚。
ヒーリングスポットが全ての身体を癒すも、V CHANの脳裏に残り続ける。
「フッ…。君の所の”味方”は、まとまりが無いねえ。いつもこんな感じなの?」
ナニスが薄ら笑いを浮かべながらシムラに聞く。
シムラ:「この時間にログインできる人は限られてるからね」
「ログイン…?」
ナニスが驚き、ほんの一瞬マルリン大司教がシンクロする。
「あぁ。あぁあ。ログインね。神官達の言うブリン・ダイナルの事かな?」
シムラはハルバートを握りながら考えた。
ゲームのキャラクターにゲーム外の話をしても通じるのだろうか?と。
「ブリン・ダイナルってね。もともとは僕らが住んでいた『月の世界』を流れていた川の名前なんだ。月の世界には『永遠の学舎』があって、そこでミミエ・アルマが土をこねて大地と。
クアラ・フフルが大気と。
マモー・ルルルガが樹木を。
僕が『デルマ人』の元を造ったんだ」
「(なんだ、神話の話か・・)」
シムラや他のアカウントが、ナニスがネットやゲームの話をするのではと心配したが、ナニスは変わらずこのゲームの根本の話をしだしたので安心する。
「僕らの”遊び”を、マザー(アカナ)は気に食わなかった。仲間はずれにされた事にも腹を立ててたし。
生命体を造って遊ばせていた事も気に食わなかったらしい。ふふふ」
ナニスが後ろの壁画を顎でしゃくりながら言う。
空を覆いつくさんばかりの大女神アカナが描かれ、その光に怯えるように人間を守る神々と、地に伏した2人の双子が描かれている。
「僕とイルを始めとした神々は、世界を造るのにすっかり夢中になって生命体を造る事を競ったんだ。そしてマザーアカナの神生みを真似て、欲望のままに生きるデルマ人より知恵のあるモノを造った。それが君達『人間』だったんだ。そしてある日、マザーアカナの逆鱗に触れることになる・・」
ナニスはこのゲームの冒頭で教会の司祭が語るゲームの世界観そのものの話をした。
恐らく新規アカウントが増えた事による”世界観のおさらい”だろう。
シムラは少し呆れながら聞く。
「『人間』が僕らの住んでいる世界に来てしまったんだ。人間達は僕らが予想するより格段に知恵をつけ、自力でブリン・ダイナルを見つけ出し、自力でこれを遡った・・ホントにもう(笑)これにはビックリしたよ。ふふふふふ」
ナニスがその頃を思い出したのか笑い出す。
「マザーアカナは物凄く怒って、イルに人間の殺害を命じた。しかし人間を殺害しても怒りは治らず、人間造りに携わった神々を倒しては、バラバラにしてブリン・ダイナルに流したのさ。神は不死身だからね。
それには僕にも含まれていたんだけど・・やがてマザーアカナは戦いの神メルヴィアと、僕を手にかけさせたイルすらもブリン・ダイナルに流したんだ。。」
ナニスは少し下を俯き、真っ白な胸を撫でた。
「マザーアカナの後悔は続く。僕らはこうしてこの世界で人間と暮らしだし、マザーアカナは今日に至るまで独りのままだ。
そして・・やがて君達がやってきた。僕の察するに君達はノーノタルタから派生した別次元の者達であると推測する。そして“ここ”の神官達は・・少なくともそう位置付け、その概念が正しければブリン・ダイナルも存在しえるだろうと仮説を立てた」
「・・・ん??何が言いたい??」
シムラは何かゾクリと来るものがあり、ナニスに聞いた。
ナニスは不思議そうにシムラ言う。
「だから“ログイン”と言うヤツさ。神官達は君達からブリン・ダイナルを切り離そうとしているんだ。僕には関係ない事だし・・そんな効力のある物だとは思わないんだけど・・」
「は??つまりログインを勝手に切るって事??」
「つまりそうだね。君達を”ここ”に置き去りにしたいらしい。追放じゃなくてね?どう言う事だろうね?」
ナニスは不思議そうに首を傾げる。
いや、気のせいだ。そんな筈は無い・・。
シムラはナニスの発する無気味な会話に鳥肌が立つのを感じた。
いや、ゲームで“メタ発言”をするキャラクターと言うのはそう珍しいものではない。
『そろそろ現実に帰ったら?』『頭に付けてるギアが緩くてさ』『ゲームのお約束だよな?』『今すぐ電源を切れよ』と言った発言はよくある事なのだ。
しかし、このキャラクターの言っている事は何なんだ?
まるで本当にネットワークを切断する方法を言っているみたいじゃないか。
シムラが振り返ると、沢山のアカウント達が固唾を呑んで見守っているのが見えた。
兜で顔が隠れているものの、どこか皆不安そうで、暗い雰囲気が立ち込めている…。
そんなテンション低いならゲームなんて辞めてしまえばいいのに…。
そう考えて、このアカウント達も帰れないのではないかと心配になった。
ナニスが宙に浮き、両手に鋭利な刃が付いた輪刀を出現させる。
輪刀は魔力を含んだ光輪となり、より鋭利で魔力に溢れていた。
「じゃ、、始めよっか」
シムラがハルバートを構え、他のアカウントに準備を促す。
ナニスから強烈な闘気が溢れ、他のアカウントが吹き飛びそうになる。
ナニスが微笑みながら言う。
「"ログイン"が残っていたら、君は元来た世界のベッドの上…。”ログイン”が切れていたら…それで…」
「───っ!!」
「終わりだ!!」
仕掛けたのはナニスだ。
ナニスは輪刀を投げる仕草をすると『3ターンごとに魔力の輪刀が出現して飛んでくる』を付属した。
それはターンバトル制時代の名残であり、実際は1ターンにつきキャラクターの5呼吸、または3つの攻撃を繰り出したり、歩く歩数によって発動した。
このようにターンで発動する魔法をターンスキルと言い、アカウントも何かしらのターンスキルを付与した武器やアイテムを装備している事が多かった。
シムラ:「もう3ターン消費したの!?」
ヒキ:「こちらの味方が多すぎてターンを消費しているんだ!!」
魔力の輪刀が出現し、シムラに襲いかかる。
シムラは素早く輪刀をハルバートで打ち据えると、ナニスの懐まで行こうとする。
しかし、ナニスはシムラを素早く交わして翻弄し、さらに出現した魔力の輪刀のもう一つがシムラに襲いかかった。
シムラはそれも打ち据えると、次に出現した輪刀を交わし、さらに飛んできた輪刀にファイヤーボールを投げつけて吹き飛ばした。
シムラ:「クッ!!輪刀が邪魔でナニスに近付けない!」
write:「ターンスキルだ!!だれか!!ブーメラン持ってない!?」
writeは何かに気付き、呆然と見ているアカウントからブーメランを装備している者を探した。
するとアカウント群の中から恐ず恐ずと出てくるアカウントがあった。
アカウント:「お、おれ、持ってるけど・・」
write:「投げて!!」
アカウント:「えーー!俺のブーメラン弱いし役に立つかどうか・・!!」
write:「いいから!!グラビティオールを使ったら魔力消費が激しい!!ブーメランもターン事に攻撃できるから使えるの!!」
アカウント:「わ、わかった!!やってみる!!」
write:「他にもブーメランを装備してる人は前に出てきて!!」
V CHAN:「『目のある直剣』!!』
write:「え?」
V CHAN:「投擲武器『目のある直剣』も使える筈!!あれもターン毎に攻撃できるわ!!」
アカウント:「『目のある短剣』なら・・!」
V CHAN:「いいね!!なんでも使おう!!」
ナニスが素早い移動速度で走り、シムラがそれを追う。
このゲームには『スタミナ』が用意されており、戦闘時に何かしらのアクションをする度にそれが消費され、簡易的に休憩をするとスタミナは自動回復した。
もちろん、装備している武器や防具の重さによってスタミナの減りと回復は著しく変わるのだが・・。
日々の鍛錬と強化を怠らないシムラでさえも、ナニスの素早い移動と魔力の輪刀の攻撃にはスタミナを使い、疲弊した所を攻勢に出たナニスの一撃がシムラの頭を掠めた。
スタミナは消費と回復を繰り返す度に基本スタミナが消費されて行き、基本スタミナ自体は宿やキャンプで休憩をとらなければ回復しなかった。
(※この3年後に『クリウの首輪』が登場。新たに加えることのできる神官タイプのキャラクターに装備することで、従者とプレイヤーの基本スタミナが祈祷で回復できるようになった)
そして基本スタミナが完全に無くなると完全に動けなくなり、被ダメージと魔法使用量が増加するのだ。
シムラ:「くっ!」
ナニスの後ろを走るシムラの右側に魔力の輪刀が出現した!
──が!────
魔力の輪刀がシムラの方に向かった瞬間、ブーメランが飛んできて刺さり、ブーメランを破壊して消滅させた。
アカウント:「うわ!ブーメランが壊れた!」
write:「シムラ!!ターン攻撃は私達に任せて!!」
シムラ:「ありがとうwrite…!!ヒキ!行くぞ!!」
今が好機と見たヒキがフランベルジュを装備して駆け抜けた!
機動力に富んだヒキはシムラを抜かしてナニスの後ろに迫る。
ナニスがヒキを一瞥すると出現した魔力の輪刀がヒキの左に迫った!
しかし出現した『目のある長剣』が魔力の輪刀を弾き、驚いたナニスの顔にヒキのフランベルジュが振り下ろされた。
ナニス:「あまい!」
ナニスは素早く振り返ると、ヒキのフランベルジュを両手の輪刀で受け止めて蹴りを入れ、思い切り壁に吹き飛ばしてしまった。
ナニス:「斬りかかる時は大きく振りかぶっちゃダメだよ」
ナニスが余裕に笑った瞬間、影ができる。
シムラ:「お前の相手は俺だ!!」
シムラは大きく前面宙返りをすると、その遠心力を使って思い切りハルバートをナニスに振り下ろした!
ナニス:「うがぁー!!」
シムラの一撃でダウンしたナニスが跪き、身体から魂を出現させる。
ヒキとシムラは武器を構えると、右からフランベルジュ。
左からハルバートの強烈な水平斬りをナニスのツェトリにぶつけた!!
「がっ、、がぁーーっ!!」
クリティカルを受けたナニスが吹き飛び、マザーアカナの壁画にぶつかって瓦礫の穴ができる。
奇しくもそこには地面に付したナニスが描かれ、不気味に笑うナニスと大ダメージを受けたナニスがシンクロした。
「へ・・へへ。今のは・・効いたよ」
ナニスが吐血し、魔力の輪刀の出現が終わる。
ヒキとシムラがナニスの前で構え、シムラが聞く。
「・・それで、神官達は俺らのオンラインを本当に切ろうしているんだね?」
「ああ」
ナニスが笑い、その残像の奥にマルリン大司教の邪悪な笑みが映る。
V CHANの後ろに居た沢山のアカウント達が固唾を呑んで見守り、ナニスの言葉がゲーム内のイベントに過ぎないことを祈った。
「ま、、それが本当なのか君倒せば分かることか」
シムラがハルバートを構え直して言う。
「ケンジ!!」
「お?もう俺の出番か?」
シムラの呼びかけに、アカウント達の中から巨大な斧を持ったケンジが出てきた。
シムラ:「スペシャルスキルでケリをつけるぞ!!」
ケンジ:「あ?もうそんなにターンが経過してるのか?」
V CHAN:「そっか!スペシャルスキルね!!」
新規アカウント:「スペシャルスキルって??」
中堅アカウント:「知らないのか?このゲームはターンバトル制時代の名残りがあるんだ。
ある程度バトルが続いてターンを経過させるとMPに関係なくスペシャルスキルが放てるようになるんだ。
俺らはシムラさんのパーティーメンバーとしてこのサーバーに入ってる。
だから俺らがバトルに参加して、さらにターンを経過させるターンスキルを使用したお陰でスペシャルスキルを使用する条件が整ったんだ」
シムラ:「正解。しかも今回のスペシャルスキルは50ターンで発動するすごいヤツ!」
シムラが巨大な波動を発しながら浮く。
V CHANとヒキ、ケンジも前に出てナニスを中心に武器を構えた。
ナニスは笑顔のまま首を傾げる。
シムラ:「いくぞみんな!!」
ヒキ:「おう!!」
ケンジ:「やるか!!俺らの攻撃力極振りパーティーの底力!!」
V CHAN:「行こう!!」
writeもいつもの気持ちで出ようとするも、脚がすくんで出られない。
V CHANが杖をかかげ、スペシャルスキルの攻撃魔法である『黄泉の光』を発する。
辺りが黄金色の輝くトンネルの最中に移り変わり、他のプレイヤー達が見回す。
ナニス:「ぐわぁっ!!」
ナニスが黄泉の光を浴びて釘付けになり、パーティーメンバーの円の中で固まる。
ヒキ:「まずは、、俺だ!!」
ヒキのフランベルジュによる素早い剣捌きが青い光の残像となって天を舞い、ネズミすら抜け出せぬ斬撃の網を形成した。
そして驚いたまま硬直したナニスに容赦なく降り注いだ!
ケンジ:「うぉお!行くぞ!!みんな退いてろよ!!!!」
ケンジは巨大な両手斧を振りかぶると思い切り投げ飛ばした。
それはサストテール山脈にあるペルムの森の湖に住む女神の究極の両手斧であり、樹の巨人エントとの戦いを勝利に導いた戦利品でもあった。
投げ飛ばした両手斧はナニスを身体を傷つけながら幾度も旋回し、高く飛んだケンジの腕に収まると、塔の床も砕けんばかりの強烈な振り下ろしをナニスの額にお見舞いした!
ケンジ:「シムラ!!最後だ!!!!」
シムラ:「正解。最後を飾るのはこの俺だ…!」
シムラの身体が黄金に輝き、ナニスの前に降臨する。
その黄金の気迫は邪神すら呑み込む力があり、ナニスとマルリン大司教の敗北を決定ずける物だった。
「光の斬撃!!シャインスタ・イルナミオ!!!!
シムラの黄金のハルバートが光り、全能の神マザーアカナの幻影が降臨する。
「マザー・・!!??」
ナニスとマルリン大司教の目が見開き、その魔法がマザーアカナの加護を受けた物であると思い知る。
マザーアカナの背には光輪のように幾つものハルバートが放射線状に並び、輝きを増して回転する。
そしてその猛烈なハルバートの矢がシムラの連撃にシンクロする。
「うおおお!!」
シムラがナニスを下から上に斬撃し、左に抜けざまに斬撃、背中を斬撃する。
ナニスは斬られながらも呆けたように上を向き、幻影のマザーアカナを見ていた。
シムラは腰だめでハルバートを構え最後の決め台詞を言った。
シムラ:「これで最後だ!!!!シャインスタブレイヴ!!!!!」
ハルバートが輝き、雷が轟く音と共にナニスに強烈な斬撃が炸裂した!
シムラ:「はい。これでお終い」
黄金の光が消え、辺りが塔の内部に戻る。
ナニスはボロボロになりながら、最後にクスリと笑った。
ナニス:「あーあ。負けちゃったヨ。今日はこれで帰るわ。マルリンの願いも叶えた事だしね」
力を失い、石化したナニスが黒煙を吐きながら暴発する。
暴発する事に腕や足が取れ、ついにナニスは砂糖菓子のようにボロボロと壊れてしまった。
新規アカウント:「これでエンディング??」
中堅アカウント:「いや・・!あと第二形態が残っている筈だ・・!!」
ナニスの残骸にボヤリとナニスの同化から解放されたマルリン大司教の亡霊が浮かぶ。
そして不適な笑みを浮かべながら、シムラ達を見ていた。
「流石は強い。伝説の勇者だけあるわ。ホーリートロルを撃破した時から警戒はしていたが…まったくもって、本当によくやりおる」
他のアカウント達もシムラの強さに安堵し、マルリン大司教のイベントを鑑賞する程の落ち着きを取り戻した。
おそらく第二、第三形態もシムラ達パーティーメンバーとターン攻撃とスペシャルスキルがあれば勝てるだろう。
この戦いさえ終わればエンディングか『ゲームを続けますか?』の表示が出る筈だ。
「マ…!?マルリン大司教!!あぁあっ!そんな!!レイスになってしまわれるなんて!」
秘密の通路に続く穴が現れ、メルポの王子が敬意を込めて跪くと、すがるようにマルリン大司教の霊体に触れようとする。
「メルポの王子よ、ダメではないか。通路を開け放っては…」
「遂にやりましたよマルリン大司教!!やったんです私達は…!!」
「は?」
「ブリン・ダイナルを切り離したのです!!」
「なんと!?全てか!?」
「全てです!!」
「おお…!マザーアカナが微笑んだ…!!」
亡霊となったマルリン大司教がほくそ笑み、霊体が自信に満ちて赤く光り、鮮明な物になる。
「メルポの王子よ、引き続き下がっていなさい。後ろ盾を失ったとて彼らは相当の手練れだ。私が許可するまで、決して鐘を・・扉を解放してはならぬぞ??」
「はい!!どうか神のご加護があらんことを・・!!」
メルポの王子は逃げるように隠し通路に入るとレイスとなったマルリン大司教が残された。
2人の会話の最中もシムラ率いる伝説の勇者達は強化魔法でお互いを高め合い、様々なアイテムで何事も無かったかのようにHPと MPを回復させていた。
「会話は終わった?」
シムラは欠伸をしながら言う。
「ああ。もう少しこのマルリンの相手をしてもらおうか」
亡霊となったマルリンの身体が黄金に輝く。
そしてフワリと宙を飛ぶと、アカナの壁画が両サイドに開き、2メートルほどの偶像が姿を現した。
偶像はマルリンを吸い込むと瞳が輝き、内部の歯車が軋む音をさせながら動き出す。
ケンジ:「これは凄い・・!!」
jnon:「俺だったら何年かかっても辿り着けるか分からないな・・!」
偶像は聖典に書かれた『恐怖』そのものだった。
アカナ教の聖典によると、新しい世界とデルマ人を創り出した神々は、地上で行われる野蛮な行為を見ながら楽しんでいた。
巨大な大陸を縦横無尽に這うモンスターと、知恵を絞って狩るデルマ人。
初期のマザーアカナは、最初こそ悪趣味な神々の遊びを止めたりしなかったものの、心を痛め、アカナの描く真っ直ぐで実直な“人”の創造を独自に始めた。
それを“サルス人(またはサルスの民)”と言い、とても温厚で争いを好まず、何よりマザーアカナに対して信仰深く、苦難を愛した。
しかし、親切すぎる事が仇となってデルマ人の虐殺に遭い、マザーアカナは星を降らせて大いに悲しんだ。
星々は大地に降り注ぐと衝突て炎上し、大地の神ミミエ・アルマと水の神キュラー・テティアはマザーアカナの怒りの責任をなすりつけあった。
やがて大量の水を降らせてキュラー・テティアは造り、ミミエ・アルマと対立。
マザーアカナはデルマ人が魔物やサルス人の殺戮を思いのままに行わないように『一番怖い物』を創ることでなんとか平常心を取り戻し、永遠の学舎に行くことを辞めてしまった。
その恐怖と言うのが、複数の触手と大きな吸盤であり、筋骨隆々の偶像の足下を無数の触手が這う様はこの大地に住む者を震え上がらせた。
筋骨隆々の筋肉美はアカナ教の神官達の女神を護衛する強い決意の現れであり、邪悪な触手と吸盤は、争いを好まなかったサルス人を愛した女神への後ろめたさの現れだったのだ。




