航海の果てに
奴隷船での処刑を免れ、水の女神キュラーテティアの捧げ物として海に出されたリク。
リクは無事にツェトリ村に帰れるのだろうか?
「ハァ…ハァ…俺を見捨てるなんて…どうかしてる!船がちゃんと進まないからって、俺は知らんからな!」
ゴブリンが忙しく動くので舟が左右に揺る。
奴隷船はすっかり見えなくなり、恐ろしく何もない大海原が全てを支配していた。
太陽は西に傾き、僅かに風を感じる。
航海士のゴブリンはゴツゴツした指を舐めると風向きを読んだ。
そして帆を出すと、船はようやく風に乗って進み始めた。
リクは投げ込まれた粗末な布を目深に被り、小さく震えていた。
「*・・コルツ・・君・・」
「相棒の名前か?・・・そりゃ残念だったな…」
「*・・コルツ君…」
「ぁーーー」
あまりにもリクが落ち込むのでゴブリンか呆れる。
ゴブリン族など下級魔族は何かしらの原因で死ぬ事が多いので、あまりクヨクヨと仲間の死を考えないのだ。
「ヤッキンだ。よろしくな」
「*・・・・」
「ハァ…ダメだコイツは」
完全に陽が沈み、満天の星空が覆う。
ヤッキンは北の空に一番に輝く『魔神の杖』を探した。
それを元にセイレーン島に戻れば、運良くメルトリッス諸島のどれかに当たるだろうと考えたのだ。
とにかく体力があるうちに島に辿り着かないと。
幸い風はふいているし、波もない。
次は食料の確保だ。
水はラム酒の入った壺が一つ。
腐った乾燥肉。
そして・・
ヤッキンは転がっているレイピアを見る。
リクは生きている限り、腐る事は無いだろう。
食料としては最適だが、あのスキルを使われたら厄介だ。
ヤッキンはそれとなく帆を操作しながらレイピアを足で引き寄せる。
しかし、すぐにリクの足がレイピアをピシャリと踏みつけて手繰り寄せるとレイピアを抱きしめて落ち込み始めた。
リクの意外な生命力にヤッキンは驚いた。
満天の星空が繋がるように、神々や神話の英雄や霊獣が浮かぶ。
ただの星々の繋がりである筈なのに、視線を感じ。
目を逸らすと歩み寄ってきそうな恐怖すら感じた。
頭が牛で身体が人間のミノタウロス座が向こう側を指差す。
それを見ていたのか、雪と氷の彫刻の女神であるアケロ座も向こうを指差していた。
「何を言いたいのだ?俺の気のせいか??」
満天の星空は穏やかな海原に反射し、空と海との境界を曖昧にする。
ヤッキンは大きな目をパチクリさせながら恐ろしいまでに美しい星座を睨みながら帆を膨らませていた。
「・・・ん?」
そして海鳴りとは言い難い、何かゴウゴウと言う音とがした。
下から巻き起こる磯の匂いと、今まで感じたことのない風が帆を後押しする。
もう帆に体重を乗せなくても舟は進み、そこへきて初めて星の反射が及んでいない部分が存在する事に気付いた。
「なんだ・・?なんだ・・??」
ヤッキンが舟の先端まで行き、星が途切れている部分を見る。
相変わらずリクは布を被りながら塞ぎ込み、まるで使い物にならない。
ゴウゴウと言う音は次第に大きくなり、海は暗黒の部分が大きくなってゆく。
その暗黒の遥か下に、変わらぬ星空が反射している。
「こ・・・これは!!うわあっ!!!」
ヤッキンが腰を抜かし、そのままリクの前まで這って行くと、思い切り布を剥ぎ取った!
「この馬鹿野郎!!しっかりしろ!」
ヤッキンがリクの胸ぐらを掴み、ブンブンと振る。
リクは半開きの口を少しだけ動かしながらヤッキンに聞いた。
「*・・なに??」
「オルウガンドだ・・!!舟に捕まれ!!!!!」
ヤッキンがリクを抱きしめ、舟を掴む。
不意に不気味な浮遊感が身体を支配しリクはすっかり正気に戻った。
「*・・う・・わ!!!!」
リクは思わずヤッキンを抱きしめる。
ヤッキンの向こう側には見えない筈の星空。
「*落ぢる!!!!!」
「「うわーーーー!!!!!!」」
帆が風を受けてはためき、留め具が外れて破壊される。
リクとヤッキンは悲鳴すらあげれずに呻きながら、海上大滝の滝壺に落下した!
───────
・・・・。
優しい風が吹いている。
柔らかな風でカーテンを靡き、カーテンレールの金具が涼しげに鳴った。
リクは机に突っ伏して、教室に吹き込む温かい風を感じていた。
学校の生徒達の賑やかな声が廊下でする。
きっと移動教室か、まだ休み時間なのだろう。
「リクーー!!リクーー!!」
聞き覚えのある声がした。
でも学校では聞いたことがない・・誰だろう??
「リク!!何をしてるんだ??」
「え!?コ・・コルツ君??」
そこには制服を着たコルツが居た。
「リク!訓練をするぞ!!」
「え・・!?訓練って??」
コルツは黒板に置かれている『村の木剣』を持って颯爽と廊下に出て行った。
リクはコルツを目で追う。
(行かないと・・!待ってコルツ君!!)
クラスメイトのはしゃぐ声が聞こえる廊下に出る。
しかし、廊下に出た瞬間声がプツンと消え、コルツの駆ける後ろ姿のみが廊下を走り、階段を降りて行く。
(これは夢だ・・!アクアピープルの時と同じ・・!)
そこでリクは、夢であると気がつく。
(でも・・)
「おーい!!リク!!早くしろよーー!!」
コルツは確かに向こうに居て、リクを呼んでいる。
(もしも目が覚めた時、コルツ君はいるのだろうか?)
────
「リク!!!!ツヨクナレ!!!」
────
コルツの最期がリクの脳裏に過ぎる。
(嫌だ・・!!あんなのウソだ!!あれはフィクションの中でコルツ君はクラスメイトだったんだ!)
「リクーー!!早くー!!」
コルツが真夏の校庭で手を振っている。
暑い。
先に水道水で良いから喉を潤したい。
蜃気楼のせいかその姿は朧げで、リクは靴を履き替えずにそのまま昇降口の木の“すのこ”から校庭に飛び出し──────
「エクシリデリ(危ねえ!!!!!)」
「*は・・・ハァ・・ハァ」
ヤッキンに抑えられ、リクは校庭ならぬ大海原を見ていた。
“すのこ”と思っていたのは舟の縁であり、校庭のように広がる海にはコルツならぬ、見知らぬ女性が此方に手を振っていた。
「人魚だ!!いっちゃ行けねえ!!アイツらはああやって呼んで海に引き摺りこむんだよ!!!大陸の肉は海の上じゃ食えないからな!血でも流してみろ?海の野蛮な種族が大挙して押し寄せるぞ!?」
「*ハァ・・ハァ・・」
リクは呆けたままヤッキンのジェスチャーを見る。
人魚は残念そうに尾鰭を海面に打ち付けると、消えてしまった。
「*ダ・・ダイケア(ありがとう)ヤッキン」
「おおう。お前、喋れるのか」
「*リク。カンザキ リク!」
「カンズアキ リク。よろしくな!」
金具の揺れる音がして振りむく。
「オルウガンドの衝撃で壊れちまったんだ。なぁに、すぐ直る」
「*・・・」
リクは破けてしまった帆を見つめながら、空腹と脱水で座り込んだ。
遮ることの出来ない強い陽射しが舟を襲い、リクは布を被り直す。
しかし先ほどの塞ぎ込みとは違い、明らかに生きるための光が瞳に映っていた。
「とにかく食事をして・・水分を摂る。でないと完璧な仕事ができない!うん」
「*・・食べ物だね・・分かった」
リクとヤッキンは舟に積まれているモノを探した。
「*ラム酒!!」
「おお。少しづつだぞ・・!」
リクは壺に入ったラム酒の封を口で咥えて吐き出すと一気にかっくらった。
ラム酒の酔いで血行が良くなり、すっかりリクは酔いどれとなった。
「*ふぅー」
そしてあろうことかシラミとフケにまみれた痒い頭を洗い始めた!
「うわー!!!何やってんだ!!よりにもよって髪を洗うな!!」
ヤッキンが壺を引ったくってラム酒を飲む。
ヤッキンも一気に飲み干し、大きな口を開けて舌を出し、残りの一滴を呑む。
リクは物資を弄り、何か使えそうな物はないか探す。
「※コルツ君・・!」
袋をぶちまけると乾燥肉の他に、リクが採取したオルガ硬貨の袋と『銀の糸』を発見した。
「銀の糸か・・!」
「*うん・・!コルツ君が持たせてくれたんだ」
リクは何かを閃き、銀の糸をオールに巻きつけると乾燥肉を付けて釣りを始めた。
「なるほど。ちょうど乾燥肉に飽きてきた所だ。これで釣りをするって事だな??おし、俺は帆を直す。頼んだぞ??」
こうして異世界の勇者とゴブリンの船旅が始まった。
「俺ら一族は、もともとシュピテの海蝕洞窟で流れ着いた物を惨めに食っていたんだ。
そこに難破したアカナ教の宣教師の船があってな。
その物資の中に『知力の林檎』があって、食べるうちに文章が読めるようになってな。いろいろあってオークの親分が渇きの王の軍勢に入れって、俺らがこんなに惨めな思いをして生きているのは、神官達のせいだって教えてくれたんだ」
リクは言葉が通じなくてもウンウンと頷き、オールの先端を持って釣りを続けた。
ヤッキンは折れた部分を補強するなどして帆を直し、
リクは釣りをしながらうたた寝をした。
しばらくすると暗礁群の上をヨットが通り、ゴツゴツとした溶岩質の岩山が島になって、かろうじで緑が生えていた。
その島の所々に、杖を突き出した神官の彫刻や武具を纏った戦士の像が幾つも建ち、その殆どが首や腕が脱落してどのような立ち振る舞いの誰を模した彫刻であったのかは完全には分からなかった。
「ありゃなんだ・・!?」
その溶岩の島の中に湾を成した小さな島があり、石灰岩の台座に青銅製の軽装歩兵を模した巨像がしゃがんでいた。
ヤッキンの舟に気付いたのか軋んだ金属音をさせてデフォルメされた口髭の顔がこちらを向き、立ち上がった際に見えた兜と褌のみの身体は緑青の錆びにまみれて陽炎を出していた。
「わわわわわ!!!!おいリク!!!リクーーー!!こっちを見てる!!」
ヤッキンは慌てて島とは反対側の風を掴んで離れようとする。
肝心のリクは酔いと疲れで完全に眠ってしまって全く使い物にならなかった。
青銅の巨大人形はリクとヤッキンを認めると、台座から降りて携えていた円形の盆(※または円形の盾)に砕いた岩石を入れ始めた。
岩石を拾い上げる際に、踝が露出し、明らかに弱点でも言うようにマグマの原動力が見え隠れした。
「いやいやいや!!無理だ!」
ヤッキンは勇ましく、青銅のオートマタに勇敢に攻撃している自分を想像をして首を横に振り、逃げる事に専念した。
オートマタは軋む金属音をさせながら岩石を盆に乗せ、その盆を頭に、やがて後頭部より後ろに移動させた。
やがて全身が赤くなり、岩石煙を吐きながら赤く燃えたつ。
「来る来る来る!!!リクーー!!!!おいおいおい!!!」
リクは急性アルコール中毒で口から泡を吹く。
「うわー!!言わんこっちゃない!!あんなにラム酒を一気飲みするから!!」
「*うぷ・・ふうーーー」
リクは舌を出しながら苦しそうに寝返りをうち、仰向けになって泡を吹く。
「どっちもこっちも!やばいやばいやばい!!」
ヤッキンは帆をロープで固定すると、リクの頬を平手打ちして、口の中に指を入れた。
「呼吸をしろ!!リク!!吐くなよ!!」
鼓膜が破れそうになるような空間を弾く音がした後、風を切るような音がこちらへ向かってきた。
我にかえったリクが見たのは、無数の赤く燃えた岩石が頭上を飛ぶところだった!
「伏せろリク!!」
「*うわーー!!」
灼熱の岩石が少し離れた暗礁にぶつかって水蒸気を立てて爆発する。
ヨットは爆風と衝撃で大きく揺れ、2人はパニックになった!
リクは思わず海へ逃げ出しそうになってヤッキンに引っ張られ、ヤッキンはリクを踏んづけて帆を操作しに行った!
リクは恐怖のあまり悲鳴をあげながらオールを漕ぎ、2人はギャーギャー騒ぎながらオートマタから逃げ出した。
「バカ!!漕ぐんじゃない!!仕事が出来ないだろうが!!」
リクが片方で漕ぐのでヨットは回転し、その都度狂気と熱気に満ちたオートマタが見えるので尚更パニックになった。
オートマタは岩石をガラガラと盆に入れると、ヨットを頷くように見て照準を合わせた。
しかし何かが腑に落ちないようで…
「コオォオオオオ」
と言う熱い呼吸音をさせた後、オートマタは黒いがらんどうな瞳と、虚無のポカンした口で何度もヨットを見て、やがては右手を眉に添えて遠くを凝らし、いよいよ攻撃を諦めてしまった。
小さいのが幸いし、ヨットこそ見えるものの岩石を当てるに値する対象物とは認知されなかったようだ。
パニックと過度な運動でリクはぐったりした。
「まったく、大人しくしてろリク。お前が頑張るとマトモに仕事も出来やしない!」
日差しは相変わらず厳しく照りつけ、リクは布を頭に乗せると具合が悪そうに眠り始めた。
海面の暗礁が無くなり、絡みつくような白い海藻がヨットに付く。
そして大きな海水と磯の臭いと共に、白い海藻を巻きあげて黄金の王冠と山ほどの巨大な尾鰭が動き出した。
「今度はなんだぁ!?」
ヤッキンが驚きながら叫ぶ。
疲弊したリクも上半身を持ち上げ、立つ事も出来ずにヨットにしがみついていた。
「ありゃ海の護り神のイケイアンだ!!おっかねえな!!キャラー・テティアが産み落としたって噂もある海の王だよ!!」
イケイアンは小さなヨットを見つめた後、大きく笑った。
ヨットの真下にはイケイアンの巨大な太鼓腹があり、
笑うたびに腹が動くのでヨットが揺れた。
神々を前にしては1人とゴブリンはあまりにも小さく、あまりにもちっぽけだった。
ヤッキンは慌てて胸に手を当てて跪き、海王イケイアンに服従を誓って言った。
「申し上げます!申し上げます!!大海原を統治する大海の王よ!!我々はその僕であり、かつての戦いで折れた矛の刃を探す者です!!・・あっ!!このバカやろう!イケイアン様の前だぞ!」
ヤッキンはリクの尻をバンバン叩きながら叩き起こすとリクの頭を舟の床に叩きつけて従わせる。
イケイアンは巨大な塔のように聳え立つと久しぶりの伝説の勇者と、ゴブリンを見て笑った。
「グワハハハハ!!身の程を知るアーズイルの子達よ!!貴様らに矛は探すこと叶わぬ!貴様らが簡単に見つけてしまっては世の面目は丸潰れであるからな!!」
「ごもっとも!!」
イケイアンは海の王らしく2人の無謀さを心底笑った。
そして今の時代において、何故ゴブリンと伝説の勇者が小舟でなどで航海しているのか笑った。
すっかり気を良くしたイケイアンは2人に提案した。
「貴様らの無謀さ今の子らには足りぬ!!何か欲しい物をやろう!!」
「な!!なんだってぇー!?!?」
「*?」
ヤッキンは喜び、小躍りするとリクの胸ぐらを掴んでギャーギャー騒ぎ出した!
「リク!リク!!イケイアン様が願いを叶えてくれるってよ!!!」
「*・・へ??何!?」
リクは必死に漕いだので精魂つかい果たし、本当に危ない状態だった。
「む・・??この伝説の勇者は言葉が通じぬのか?」
イケイアンは驚き、リクを覗き込む。
そして雷に打たれたように驚くと叫んだ。
「・・・こ!!!この者は・・!!!!マザーアカナの勇者!!!!!!」
「マザーアカナに愛されし勇者でございますか・・!?」
「貴様、この者を知らぬのか!?」
「は。はぁ・・強いんでございますか??」
イケイアンは絶句すると伝説の勇者リクを見た。
そしで腕組みをすると深く考えてヤッキンに説明した。
───
「あーーーーー」
説明を一通り終えると、ヤッキンはリクにむかって同情と哀れみに近い声をあげた。
そしてリクの為に何か叶えてやりたい気持ちになった。
「*み・・水・・」
リクは口を開けると舌を指差して水を欲した。
「分かった!!・・イケイアン様!!」
「うむ・・!!うむ!!キュラーテティア様に世から言おう!!貴様らの願いしかと受け取った!!」
イケイアンは深く頷くとブクブクと泡を立てながら沈んで行った。
─
その後イケイアンは水の支配する水界に浸り、その世界を統治しているキュラーテティアの水の宮殿に向かったと言う。
そこではマザーアカナに献上する水瓶群とそれを整理する人魚達が水を溜めこんでおり、いつかマザーアカナが全ての神々とそれを統治する万物の生き物と世界と和解し彼女の住む月の天宮を降りた時に最初に喉と大地を潤すと考えられていた。
イケイアンはキュラーテティアの宮殿に行くと毎度のように水瓶をひっくり返すのだが・・
人魚ないしイケイアンのひっくり返して割れた水瓶の音が雷鳴となって轟き、大地に大いなる雷鳴を帯びた水を降らせるのであった。
──
ポツン
ヤッキンのハゲ頭に雨粒が当たる。
イケイアンが居なくなった後、ついに2人はヨットの風に任せて身を委ねるのみとなっていた。
もう一つの雨粒がヤッキンの頭に当たり、さらに一粒、やがてその雨粒はヨットの舟板に当たり、大きな雨音を立てて降り始めた。
「あ、ああ!!!!イケイアン様が願いを叶えて下さったーー!!」
ヤッキンが空に向かって口を開け、リクも大きく寝そべって口を開けてウワーー!と歓喜の悲鳴をあげながら飲んだ。
「※水を溜めなきゃ!水!!」
リクもすっかり元気を取り戻し、ラム酒の入っていた壺や布を広げて雨水を溜めた!
「*水だ!!真水だ!!」
「そうだ“ミズ”だ!!うひゃーー!!!!わはははは!!!イケイアン様が願いを聞き届けて下さった!!!」
ヤッキンとリクはここぞとばかりに裸になり、溜めた雨水で身体を洗って垢を流した。
海王イケイアンは喜ぶ2人を見ながら満足そうに深く頷いた後、もう一度海に消え。
その後、雷鳴が海上に落ちて2人は事の重大さに気づいた!
雨が多すぎるのだ。
「あ、あ、あ、嵐だーー!!嵐が来たぞー!!」
「*うわーー!!」
空は一気に暗雲に包まれ、海面が荒れた!
舟が傾き、壺が端から端に移動して2人が道具と一緒にでんぐり返しをするように転がると、さらに舟が反対側に傾いてリク達は転げた。
いつしか貯水タンクをひっくり返したような土砂降りなり、海面が大きくうねり、水平だと思えば大きく持ち上がっていて数十メートルの海面まで真っ逆様に落ちた!
土砂降りの視界不良の中で不気味に上昇する感覚と、突然の浮遊感の後に想像を絶する高さへの急降下!
雷鳴と落雷!
そして強烈な風!
「イケイアン様の馬鹿野郎!!!!こんなに水をくれる事ないじゃんか!!!リク!!帆を畳むのを手伝ってくれぇ!!!」
「*もう嫌だー!!!!!帰りたい!!お母さーーん!!!!」
「うぉあー!!」
帆は、はち切れんばかりに風を掴んで舟を揺らすのでヤッキンはロープに辿り着く事すらできなかった。
リクはレイピアを抱きながら絶叫し、その姿すら朧げになる程の雷鳴と豪雨が降り注いだ!
「ちくしょう!!ちくしょう!!!!」
ヤッキンは転がる壺に足を取られながら、何かを閃きリクに鞘だけ残してレイピアを抜くと、帆を張っているロープを断ち切ろうとした。
しかし、もともとレイピアは刺剣なのでロープを断ち切るにはかなりの労力が必要だった!
「あ"ーー!!」
遂に帆は限界を迎え、メキメキとした驚きを立てて傾き始めた。
次の雷の光りで帆は大きく傾き、次の雷の光りで帆は完全に舟から脱落して滑り落ちた!
そして帆が沈むのと同時に舟のロープが引っ張られ、帆もろとも舟が海中に引き込まれそうになる!
「リク!!リクー!!」
「*うわー!!もう嫌だ!!」
────
暗雲は東の空の向こう側でゴロゴロと音を立て、雲と雲の隙間から星空をおびた空が見え隠れしていた。
生暖かな南風は心地が良く、先ほどの荒れた海が嘘であったかのように穏やかだった。
壺は水で満たされ、帆は折れて海中に沈み。
レイピアは毅然と輝きを放ったまま舟に刺さっていた。
心地よい南風が雨水で濡れた頭を渇かし、雨水で濡れた服もそのままにヤッキンとリクは泥のように眠っていた。
静寂。
一時の平穏。
「・・・帰りたい・・お母さん・・」
リクは寝返りを打ちながらうなされる。
雲はゴロゴロと音を鳴らし、瞬く星々が輪郭を現し、天の川が衣を意味した。
長く美しい髪に、赤い星は厳しさに満ちた瞳に位置した。
それは力強く、腕組みをしながら小さな舟を見ていた。
それこそが、この世界を生み出し、全知全能であり、そして大地の化身であるミミエ・アルマと全ての神々と決別した、大女神 マザーアカナであった。
マザーアカナは静かに舟を見つめ、フゥーーと息を吹き込めば南風に変わり、願えば舟を押す波に変わった。
リクは大空に浮かぶ奇跡に気づかず、この異世界での悪夢が、苦痛でしか無かった『修学旅行』のように耐え凌げば終わるものだと考えていた。
そうでなければとっくにリクの精神は砕け、壊れてしまうと無意識ながらに考えていたからだ・・。
「・・帰りたい・・
マザーアカナは、そんなリクを静かに見ていた。




