小さな希望
「*うぐっ!!つつつつーーっ!」
リクは頭痛で目を覚ました。
潮の強烈な臭いにむせ、前でしゃがんでいた兵士の肩にぶつかる。
足首には頑丈そうな鉄球の付いた拘束具が付いていて
船舶の材質であるチーク材の木材の匂いと赤黒い材質が異国の船である事を嫌でも感じさせる・・。
どうやら異国船の甲板に並ばされているようだ・・。
捕えられた兵士達はボロ切れに近い布を着せられ、皆戦意を消失して下を向いて怯えきっていた。
「ジャジャ!!ネクスティア エスカレーーダー!!!(次の兵士を持ってこい!!!!)」
オークが叫び、しゃがんでいた兵士を鞭で打って、引き摺り出す。
オークは、豪華な白いマントと眼鏡をかけた尖り耳の年老いたエルフの前に兵士を跪かせると、四角い透明の石板を持って兵士を透かして写し、何かを品定めする。
ゴブリンも兵士の顎を無理矢理掴み、目を広げ、舌を確認し、年老いたエルフに向かって頷く。
「パッセイーー(合格だ)!!!!」
エルフが叫ぶ。
オークはそれを確認すると兵士を乱暴に掴み、隣に横付けされた別の船に兵士を引っ張っていく。
「ジャジャ!!エクスティア!!!エスカレーーーダーー!!」
「*ひいい!!」
オークが兵士を踏みながらズカズカやってくると、リクの横に居た兵士の腕を掴んで、無理やり連れて行く。
兵士の白みかかった髭は長く、老化と暴力で兵士は完全に憔悴しきっていた。
エルフが石板を見ると顔をしかめ、ため息をつく。
ゴブリンが身体を調べるまでも無いらしい。
「イーオッシュ!(不合格だ!)」
憔悴しきった兵士は顔を上げてギョッとした顔をする。
「エッケ!エッケ!アム ワキア エダ ヴィスティア(聞いてくれ!俺はまだ働ける!!元気だ!!)」
オーク達が下品に笑い、ゴブリンが拘束具を取ると船に張り出した板に兵士を立たせる。
そして意地悪くゴブリンが叫んだ。
「エ ア タムデマ エダ ヴィスティダルマ!!フハハハハハハハ!!」
ゴブリンが湾曲した刀を兵士の首に向けると躊躇なく流れるように素早く引き裂いた。
拘束された兵士達からウワァ!と怯えるような声が響く中、首を斬られた兵士は驚いた顔をしながら傷口から大量の鮮血を流し、みるみるうちに顔が土気色になっていった・・。
「グワーーーーッハッハッハ!!!!!」
ゴブリンが笑い、首が裂けた兵士を船から突き落とす。
床には夥しい量の血がのこり、さながら魚の解体のようだ。
「ジャジャ!!ネクスティア エスカレーーダー!!!(次の兵士を持ってこい!!!!)」
次の兵士はオークに捕まれ、エルフの前に出された瞬間に隙をみて船外に逃げようとした!
オーク達が驚くも、エルフは冷静に言った。
「イーオッシュ!(不合格だ!)」
オークが兵士を取り押さえると、ゴブリンが刃を滑らせて首を斬り、それが致命傷か確認する頃には海に放り投げてしまった。
「グワーーーハッハッハッハ!!!!」
ゴブリンが海を見て高笑いし、他のオークも甲板を叩いて笑った。
───
「次の兵士をもってこい!!!!」
エルフが叫ぶと、オークが兵士達を踏みつけるように分け入って探す。
「*た!!助けて!!」
リクはパニックになり兵士達の中を泳ぐ等に逃げようとするので逆にオークの目に留まってしまった。
「さぁ!来るんだ!!うぉ、軽いな」
オークに捕まったのはリクだ。
リクは他の兵士よりも貧弱で、驚くほど簡単に持ち上がってしまった。
エルフはため息をつくと石板を覗く。
ゴブリンは無理やりリクの口を開いて健康をチェックする。
エルフは眼鏡を外し、石板とリクを交互に見ながら呟いた。
「おや?…経歴がわからん。レベルも能力も普通以下とは。名前は・・カンズアキ・リク??」
リク…!
リク!
伝説の勇者だ…!
他の兵士達からリクを呼ぶ騒めきが起きる。
エルフは右目の眉をひそめ、左目の眉を上げるとゴブリンの兵士に聞いた。
「此奴はどこにいたのだ?」
「はっ、煙の及ばぬ“不気味な村”におりました。民家に脱ぎ捨てられた『絵の書かれた衣』と、聖なる力を持った折れたレイピアを発見しました。此奴の物で間違いないかと!」
「ふむ。高貴な身分であれば、筋力も必要ないか・・。しかし異世界人となると何か特殊な力もありそうだが・・あまりにも凡人かそれ以下だ」
「デルザオーグ様に報告しますか??」
「いいや。おそらく伝説の勇者を模した置き偶像(前戦に配置された士気向上に使われた王族の事。多くは影武者か奴隷が使われた)であろう。報告するまでもあるまい・・うむ?」
エルフが顔を上げると、すっかり遠くになってしまったセイレーン島のラドン火山が爆発した。
ついにテモンが命をかけて作り出した結界の効力が切れ、解き放たれた火砕流がリクの居た村や全てを呑み込んでしまう。
最後に上空に巻き起こった噴煙は丸みを帯び、テモンの坊主頭と心配そうな顔を形作った。
テモンが船を見ながら頷いた瞬間、後方の火山が爆発して顔が崩れる。
それから2度と火山はテモンを形作る事は無かった。
エルフは火砕流に現れた不気味な顔にリクの底知れぬ存在に身震いを感じると自分の一存で処刑するのを躊躇った。
そして
「合格だ!!とっとと連れて行け!!」
とオークに指示するとリクを無理やり立たせた。
ゴブリン:「よかったな!!今日はエルフの親分は羽振りが良いらしい!!お前のようなひ弱でも買い取ると言い出したぞ!!!!」
「・・・・」
リクはオークに掴まれ、隣の船に引っ張られる。
そこには甲板には巨大な大砲が据えられており、甲板には船板が外されて穴が空いていた。
渇きの王の『武装奴隷船』だ。
穴の暗闇から沢山の瞳があって、選別された兵士達が
詰め込まれているようだった。
「さぁ!!お前も奈落に落ちろ!!」
「*わわわーー!!」
オークに蹴飛ばされ、リクは船に開いた穴に落ちる。
尽かさず兵士達がリクを受け止め、すぐさま船内は騒ぎとなった。
「リクが落ちてきたぞ!」
「リクだ!!」
「伝説の勇者だ!!」
コルツ:「リク!?!?リクだって!?頼む!道を開けてくれ!!」
「*コルツ君!?コルツ君!!!!」
沢山の兵士がいる薄暗い船内でコルツの声がする。
ピピカ:「俺もいるぞ!!」
「*ピピカ!!うわーーー!!ピピカ!!」
コルツはリクを抱きしめ、その上からピピカが抱きしめてワンワン泣いた。
ピピカ:「心配かけさせやがって!!本当に伝説の勇者かよ!!」
コルツ:「今は泣かせてやろう・・!」
「*うわーーーー!!!」
リクは何度も“えずきながら”コルツを抱きしめた。
この世界の辛さと仕打ちにリクは泣き、悲しみのあまり何度も吐いた。
歯がガタガタと震え、全身を振るわせながらコルツの肩を抱いて慟哭する。
その抱いた時の温もりに母親を思い出し、一気に日本に帰りたくなる。
負の気持ちは負を生み出し、まるでこの世界において悲しんでいるのは自分だけなんじゃないかと恐怖に陥る。
それは大海原で溺れまいと必死に空気を求めるように、強烈な絶望感と孤独の悲しみがリクを支配した。
抗うことも誤魔化す事も出来ない恐怖と悲しみに、目の前がズンと暗くなる。
その壮絶な暗闇から逃れるように息を吸うも、果てしない絶望感に満たされず空気を吐く動作を忘れてしまう。
「*ひっぐ!!ひっぐ!お母さん!!!!帰りたい!!!ひっ!帰りたい!!!ひっ!ひっ!!ひっ!!!」
コルツ:「・・・リク!?これは、やばい!」
ピピカ:「どうした??」
コルツ:「リクの心がパギテに魅入られた!!」
ピピカ:「大変だ!!横にしてテフロレリアを!」
兵士:「そんなモノ何処にもないぞ!」
パニックで過呼吸になったリクを横にして寝かし、コルツがリクの手を握る。
他の兵士達も、麻布を持ってきてリクにかけ、その上からコルツが抱きしめる。
リクの手は死人のように冷たく、顔を硬直させながら何かを訴えるようにコルツを見つめていた。
ピピカ:「回復魔法を出来る者は!?」
兵士:「回復魔法ができるほど魔力が残っているかどうか・・!」
コルツ:「いや、他のみんなの魔力の温存が大事だ!リクの内なる強さに賭けよう!!」
「*ひっ!!!ひっ!!ひっ!!!」
コルツ:「リク!」
「*ひっ!!ひっ!ひっ!」
コルツ:「リク・・!」
「*ひっ、ひっ、ひっ・・!」
コルツ:「リク・・!リク・・!リク・・」
コルツはリクを抱きしめ、擦るように肩を摩りながら耳元で呼びかける。
それはコルツの長い牧畜経験と兄弟達を面倒を見てきた彼なりの経験だ。
いつしかリクとコルツを中心に円ができ、ピピカもリクの足を温めるように摩った。
コルツ:「リク・・!リク・・!大丈夫だ・・!リク・・!!」
「ひっ・・ひっ・・ひっ・・」
コルツ:「大丈夫・・!大丈夫・・。りく!りく!りく!息を吐け!!大丈夫だ!!」
「*ふーーーっ!ふーーー!」
コルツ:「そうだ・・!リク、強くなれ・・!心の火を燃やせ!リク!息を吐いたら吸い込め!吸い込んだら吐け!!」
「*ふぅーー!ふーーー!」
コルツ:「聞こえているな!!そうだ・・。良い子だ。リク・・!内に巣くったパギテを追い出すんだ」
「ふぅーーー・・。ふーーーーーー」
リクは落ち着き、目を瞑って呼吸をする。
なんとか危機を脱したようだ。
「*オカアサン・・」
リクはうわ言を呟くと眠ってしまう・・。
兵士:「・・大したもんだ」
コルツ:「・・ああ。リクは強い」
ピピカ:「コルツに言ったんだよ。落ち着かせ方が上手い」
コルツ:「羊相手に何度かやってるからな」
兵士:「どうりで(笑)」
・・それから絶望の日々が続いた・・。
下級兵士を乗せた奴隷船は粗悪で、食事も大変粗末なものだった。
オーク達は財宝や奴隷となる捕虜を積んではいるものの肝心の食料の配分を怠っていたのだ。
不穏な空気は、最初の目的地であるキルクサ島を見失った所から始まっていた。
ゴブリンの船長が水平線を見ながら首を傾げる。
「おかしい、、羅針盤は確かに合っているはずなのにキルクサ島が見えてこない!」
「本当に合っているんだろうな・・!?」
オークがゴブリンの船長と舵取りに詰め寄る。
「キルクサ島に着かないって事はどう言う事を意味するのかわかるよな!?テメェは目に見える一本道の果樹園ですら辿り着けない無能って事だ!!」
乱暴に剣が振り下ろされ、ガツンと船体を傷つける。
ゴブリン達は牙を剥き出して耳を震わせて叫んだ。
「羅針盤は確かに合ってる!!」
「あんまりですぜ!!何もしていないオークに言われたくないってもんだ!!」
「なんだと!!!」
オークがゴブリンの胸ぐらを掴んで持ち上げる!
ゴブリン達が騒いでオークに言う。
「オークさんよ!!このまま行けば俺らは三日と持たずに飢え死にだ!!!!争えばそれだけ到着が遅くなるぞ!!!」
「うるせえ!!!!旨い飯をもってこい!!良い情報を持ってこい!!俺らオークを満足させてみろ!!!!」
オークがゴブリンを放り投げて地団駄を踏む。
オークが癇癪を起こすたびに兵士達は頭上の舟板が抜けるんじゃないかとヒヤヒヤした。
「クソが!!食わなきゃやってられねえ!!」
「全くだ!!」
オーク達がドヤドヤとやってきて、突然の食事の時間が始まる。
船の下に巨大な長テーブルの食堂があり、そこに集まるのだ。
オークが食糧庫からウジの湧いた肉や硬く焼いた保存ビスケットを持ってくる。
真水と果物は早々に腐り、羊やウサギなど生きた食料も餓死して骨と皮になった。
他にもメルトリッス諸島などの島々や、セイレーン島の民家から手当たり次第に盗んだ食材がありオークですら食べられるか分からない物もあった。
「ぐうう!これは食えん!!」
オークがウジの湧いたビスケットと海水で作ったスープの臭いを嗅いで言った。
「どっちがだ??」
「じゃあお前はウジのビスケットを食えるのか?」
オークが海水で作った粥を啜る。
「ブーーーー!!!しょっぱい!!」
「わははははははは!!」
コルツ:「オークがきたぞ・・!」
扉が開き、オークがやってくる。
「食事だ!奴隷ども!!道をあけろ!!」
兵士達が錘の付いた拘束具を引きづりながらオークの為に道を開ける。
そこには有り合わせの食材と海水を茹でたスープと、腐った肉と、ウジの湧いたビスケットが置かれた。
「こんなの食える訳がないだろ!!」
兵士が叫ぶ。
他の兵士達も落胆の声を上げる中、目を覚ましたリクも腐った肉を持ち上げて思いきり嘆いて気を失った。
「ぐわははは!せいぜい料理を楽しみな・・!」
オークは兵士達の落胆ぶりに満足したのか、料理を放置したまま出て行ってしまう。
絶望の夜。
波の音と揺れる船内。
その中でウジがビスケットを咀嚼する音が響いた。
すると明らかに波ではない船体を打ち付ける水の音がした。
「お、おい!雨が降ってきたぞ!!」
「恵の雨だ!!マザーアカナが微笑んだ!!」
「神様がいたら、そもそもこんな仕打ちないだろ!!」
兵士達がガヤガヤ言い、コルツなど兵士達が喉の渇きも手伝って船板から滴り落ちる雨水を呑む。
「ぐへへ!食事だ!」
ゴブリンがランタンを照らし、船にへばりついていたであろう腐った魚を兵士達に放り投げる。
彼らは絶望の底に居て、その中にも微かな希望を探していた。
それは、厳しいアカナの大地に生きる知恵。
「・・うまい!!この水は飲める!リク!飲むんだ!」
「*・・・・」
リクは人の死を目撃した絶望で、すっかり打ちひしがれていた。
もう流す涙も出すほどの水分も残って気力も残っていない。
「リク・・しっかりしろ!!ホラ!伝説の勇者だろ!!」
「*・・うわっ」
コルツとピピカがリクを引っ張り、船から吹き込む水を飲ませる。
「*美味しい・・!」
「そうだ。“小さな希望”を集めようリク・・!どんな絶望が大きくても・・小さな成功や希望を集める事に専念すればきっと事態は好転する!」
ピピカ:「そうだ。その意気だ!」
リクは水を得た魚のようにカッと目を見開くと、船の穴に口を押し込んで必死に雨水を飲んだ。
新鮮な南風に冷たい雨水が喉を潤す。
「*みんなも飲んで!!みんなも!!」
リクは他の兵士を呼ぶと飲むように促す。
コルツは他の兵士達と腐った食材の中から食べれるものを探していた。
兵士:「俺は昔、アルツマンド(メルポ公国からオルオガーテまで繋がる水道の事)で水夫をしていたんだ。その腐った魚を持ってきてくれ・・」
コルツ:「何をするんだ??」
兵士:「ウジだって生き物なんだ。奴らにとってこんな硬い船乗り用のビスケットより柔らかい魚の肉の方が好きなんだよ」
ウジはビスケットから離れて、腐った魚の肉に這う。
ウジはウジを呼ぶのか、魔光石のランタンに照らされたウジの大群がヌラヌラと光を受けながら腐った魚へ這い進む。
ある程度いなくなると、ピピカがビスケットを拾った。
兵士:「きっと・・食べれる筈だ」
ピピカ:「食べてみよう」
ピピカが大きな鉤鼻で匂いを嗅ぐ。
そして口にした。
ピピカ:「食べれるぞ!!」
兵士:「うむ。食える!」
コルツ:「よかった…!他にも食べれる物を探そう!」
意外とも思えるがオークは食に対しては繊細だった。
もちろんその中には腐って食べれないものも存在したが・・。
中には工夫すれば食べれる物も存在した。
コルツ:「おいリク、それは木の根じゃないのか??」
「*これ!ゴボウだよ!!食べれる!!」
リクは海水で茹でたスープからゴボウを出して齧ってみせた。
コルツ:「“ゴボウ”???」
ピピカ:「ゴボウと言う木の根で、とにかく食べれるみたいだ…」
兵士:「スープになってるおかげで食べれなくも無いが・・土の味しかしないな…!」
ピピカ:「でも食べれる・・!リクのお陰だ!!」
コルツ:「みんな!食べて力をつけるぞ!!反撃の時まで!!」
兵士:「反撃の時まで!!」
兵士:「反撃の時まで!」
武装奴隷船の夜は更けてゆく。
いつしか雨はやみ、巨大な満月が武装奴隷船を照らしていた。




