メルヴィアの化身 ヴァイター
悪は滅び、正義が勝つ。
それは、この物語の中でも基本となる主軸だ。
しかしそれは一定の残虐さを孕み、時に正義は明らかな過ちさえも覆い隠してしまうのだ。
リクはギアーテ王国の力に呑まれ、正義の名の下に進軍する。
そして束の間の武勇に驕り、ヴァイターのように昂るのだった。
天気快晴、波は穏やかで、ウエストテールから吹き下ろす風を掴んで帆が靡いた。
この間会った海賊船以外は何もなく、どこまでも果てしなく続く大海原に、一直線にヴァイター将軍の船団が連なった。
───────
3日。
スマートフォンのマップには海を示す青しか教示されない。
コルツ君が魚を釣ってくれたので、生で食べようとしたら全員に止められた。
4日。
模擬戦の後に樽から水を飲もうとしたら腐っていた。
泣く泣く皆で樽ごと水を捨てる。
果物は痛みだし、その果物を使って釣りをしたら綺麗な人魚が釣れた。
綺麗な女の人だったけど、皆が首を横にふり、海に帰ってもらう事にした。
そして、5日目。
景勝地『オルウガンド』
「オルウガンドーー!!!!オルウガンドーー!!」
帆の先で望遠鏡を見ていた水夫が叫んだ。
剣に研磨粉を付けていたコルツやピピカが顔をあげる。
*「オルウガンドって??」
僕が聞くとカークとコルツが見つめ合った。
「アーーー、ウーー」
カークが困りながらピピカを見る。
とりあえず見てみようと言う事になったようで、4人で甲板に出た。
「おわぁーー!!これがオルウガンド!?」
「ウンウン」
「コルツ君、知らないで言ってるでしょ??」
船首まで来ると、それは果てしなく巨大な海の下り坂であることが分かった。
そう言えば”前の世界”でも、水がとめどなく溢れる山脈くらいなかったのだろうか?
例えば島は山から水が湧き出て川になって海に流れる。
それが、湧き出た水と吹き出し口が大きいが為に水のみの島があってもいいはずだ。
それと一緒に、海でも地形の起伏があって坂道になって流れる場所もある筈だ。
そう思った瞬間、船がオルウガンドを緩やかに下ってゆく。
一体これはどうなっているのかと、もとの世界ではどうだったか分からなくなる。
「ノートーラ ゴアジカーク(なんもないな。行こうぜ)」
数分後に見て、特に凄いこともないので、コルツ達は飽きて部屋に戻ってしまった。
他の兵士達も暫く外を見て、戻ってしまう。
僕は気になってスマホのディスプレイを見ると、マップ上には本来プレイヤーが入れない事を示す赤い射線と『オルウガンド(推奨魔力:**)』の表示があった。
「ドードッラッ メルヴアカナーティア リク??(どうだ伝説の勇者リクよ) ギアーティア ウェヴィキ ヴィステルるリア!!!」
「あ・・えっ?」
突然、僕と同じくらいの背の赤いマントと、金の鎧を着た白塗りの男が話しかけてきた。
見るからに身分の高そうな人で、茶色い髪を余計にカールさせており、輪っかしかない金の王冠と、顔は自身に満ち足りていた。
そして、どこかの地方の訛りなのか、ツェトリの人達より舌を巻く発音が多かった。
「えっと・・あなたは??」
僕が聞くと男は驚いた顔をし、かなり大袈裟なお辞儀をして僕の手の甲にキスをした。
「メルヴアカナーティア カンズアキ・リク!
ギアーティカ・メルヴナニヌ・オオウガツィカ・オーガナスタダイ・ヴァイター!(名前:ギアーテの血筋の・メルヴィアの加護を受けた・オオウガ王の父を持つ・将軍の位の・ヴァイター)」
「ヴァイター?」
「ヴァイター!ヌーダ!!」
「ヴァ、、ヴァイターさん、お会いできて光栄です」
「ハーハッハッハ!!」
ヴァイターは暫く一方的に話すので、僕は適当に相槌していた。
そうか推奨魔力の表示が無いのは、特定のイベントでしか行けないからなんだ。
ちなみに、スマホの『人物図鑑』によるとヴァイターはギアーテ王国のギアーテ家の5人兄弟の末っ子で、将軍の位らしかった。
僕はマップをスワイプすると、遥か遠く離れた『ツェトリ』を見る。
ツェトリに帰りたい…。
僕は不意にそう思った。
───────
カンカンカンカン!!!!
「メルトリッスクアラリア!!!メルトリッスクアラリアーーー!!!!」
突然のけたたましい鐘の音と共に、武装したソードマンが各部屋に叫んだ。
「リク!!リク!!」
コルツが僕の尻をバンバン叩きながらハンモックの寝台から起こす。
*「んん?なぁに??」
「メルトリッスクアラリア(メルトリッス諸島だ)!!!!タルマ!バルドフィリア マーム(戦闘服を着よう)!!」
「えっ!?鎧を着るの!?」
「ウンウン!」
「武器は!?」
僕は剣を指差す。
「パタ ウェラポリス・・!?」
コルツがカークを見る。
「イエル ウェラポリス!カンズアキ リク!ビスティア パシオラル フーフン」
カークが僕の胸を拳で叩いて、拳を見せる。
「あ・・え?どうすればいいの??」
「ルクアルク セア バルドフィリア マーム!!クリクリエ!」
とりあえず服を脱げと、麻の粗末な服を脱がされ、ツェトリを出発した鎧に着替える。
とは言っても、僕は旅人の脚半と、鎧の刺繍がされた布を上から被るだけなんだけど・・。
身だしなみをきちんとし、僕の頭に香料まで塗ってくれる。
鎧の音がする中、船の通路を歩く。
通路では鎧と武器が置かれた部屋で仲間達が準備し僕を見ても素知らぬ顔だ。
僕は小柄なピピカの肩に手を置いて、ピピカが
「ドゥダ!!ドゥダイ!!」
と、威嚇しながら道を開けるのを利用した。
日が沈んだばかりの空は薄暗く、やや黒いモヤがかかっていた。
甲板にはたくさんの兵士達が武装した状態で綺麗な隊列を並び、船の帆は畳まれていた。
「リク!ココナ!」
既に鎧と真紅のマントを着た、ソードマスターのローランが僕に話しかけ僕を後部の櫓に登らせた。
そこには既にヴァイターがおり、コルツや3人をここに来るように指示をした。
3人が個々に話し、僕は何が起こるのか分からず、モヤがかかる水平線を見る。
オレンジの魔光石に照らされて玉座に座ったヴァイターはニヤニヤと笑い、大きな盃に入った粒の香りを嗅いでみせた。
「スパイシド・・!」
「スパイシド・・!?オオ」
「ワァア」
ピピカがヴァイターから粒を貰い、ゴブリン族の大きくひしゃげた鼻で大きく深呼吸をした。
「ンンンンーーー!!スパイシド テルアーニ!」
「エエ!?」
カークとコルツが互いに手に取って匂いを嗅ぐ。
ついに僕にも行き渡り、匂いを嗅ぐとようやくそれが何なのか分かった。
「スパイス!!」
僕が匂いの正体を当てると皆が丸い目をした。
カークが驚きながら僕に聞く。
「リク・・!?エ ア エアライヅ バンサ!?」
ヴァイターがニヤリと笑いながら言う。
「エア カンズアキ リク デ ノーノタルタ!ベツ スパイシドバンサ キルキアルバンサ ウェヴィキバンサ!!」
「オオオオ!!!!」
ヴァイターの説明に、3人は僕を期待の眼差しで見る。
一体ヴァイターが何と言ったのか知りたいが、僕は異世界語が分からない・・。
ドォン!!
と言う音がして空間が揺れ、ふと右舷の方に目をやると、暗黒の霧の中にオレンジ色に光るものがあった。
「何かが燃えてる!」
僕は叫ぶと、櫓の手摺りに手をかけて凝視した。
他の兵士達も甲板から右舷に乗りだし、それが何なのか見極めようとする。
「船だ!!」
「バルドシプ・・エア!!」
「大丈夫なんですか!?」
ヴァイターが飲み物が入った巨大な瓶を取りだし、召使を呼んでグラスに注いだ。
「ニーデ リク!サッキアルダ ルクア アンガイツ ギアーテア・キンギカ!!」
グラスは僕らや他の皆にも渡され、今見ている水面に写る赤い炎のような飲み物が注がれた。
「ラァム!!」
ピピカが匂いを嗅ぎながらカークを見て、カークは一気に飲み干す。
それを見て安心したのかピピカも呑んで、舌舐めずりすると次のお代わりを召使に所望した。
コルツは僕を見て、一気にグラスを呷る。
僕も、その雰囲気にのまれ、グラスに入った液を一気飲みした。
「ほわ!!コホッ!コホッ!!」
それはラァムと言う強いお酒だった。
呑んだ瞬間喉が焼け、鼻から芳醇な甘い香りが抜けた。
船体がぼやりとし、頬がカァッと熱くなる。
僕はクラクラすると外を眺めた。
転覆した戦艦が激しく燃えている。
よく見ると海面に無数の何かが浮いており、僕らの船がそれを掻き分けていた。
「オーオー、キュラーテティアナニヌ エーデルラ!アハハハハ!」
ピピカとカークが嘲笑うように見る。
それは、白いマントを着た兵士達の死体だった。
ヴァイターが何かを強く説明するので、おそらく敵だろう。
ドォオン!!
霧でくぐもった爆発音がし、オレンジの鈍い明かりが照らす。
進むごとに沈みかけた船が目立つようになり、炎上する船があたりの惨状を映し出していた。
明らかに外から人間達の怒号や叫び声が聞こえ、剣や鎧がキラキラと反射し、学校のグラウンドでサッカー部がボールを蹴るような、鼓膜を震わせるような大砲の音がした。
見覚えのあるギアーテ王国の紋章がついた帆船もあり、救助作業の為に小型のボートを出していた。
僕は恐怖のあまりラァムを呷る。
コルツも隣で外の惨状を見て、僕に言葉を投げかけた。
コルツのグラスを持つ手が震えている。
僕らの船は巨大な島陰のある崖を沿うように走りぬける。
やがて島の背の部分が人工的な砦になっており四角く切り取られた窓から炎が上がってるのが見えた。
空を焦がすほどの炎が島々や水面を支配し、叫び声や怒号と殺気が空中を支配した。
無数の松明の灯りが砦の上部で動き、島から少し出た所に巨大な円柱の砦を目指しているのが見えた。
ギアーテ王国の兵士達が最後の砦を陥落させようとしているのだ。
それは海からでも同じようで、円柱の砦の周りを僕らの船よりも二まわりもおおきな船が囲み、大砲の一斉射撃が夜の暗黒に轟いた。
僕らの船はギアーテ王国の船団と、円柱の砦の間を目指す。
ついに左舷側からギアーテ王国の船団と横ならびになり、大砲を射出する窓から兵士達が覗くのが見えた。
目が合ったと思った瞬間、大砲の砲首が顔を出し、ズドン!!
と1発ぶちかました。
「うわぁ!!」
あまりの至近距離に、大砲が放った瞬間にシュルシュルと風切り音が左から右に駆け抜ける確かな音がして、岸壁にせり出た砦に食い込んだ。
もともと大砲の一斉射撃を受けた砦はボロボロと小さな音がしていて、やがてそれが大きくなり丸々一帯の外壁が脆くも崩れ去って大きな水飛沫をあげて岸壁へ崩落した。
松明で照らした内部が露出し、白いマントを着た騎士達が必死に扉を押さえているのが見える。
そのフロアの近くでは、布のような簡単な服を着た老人が、神官か何かに付き添えられて露出したブロックの螺旋階段を登っていた。
まるで無理やり開けたドールハウスの中で必死な攻防をしているように。
やがて扉が押し開けられ、ギアーテ王国の赤い騎士団が押し寄せる。
白いマントの騎士達が押し出され、そのまま岸壁に落下する。
ほかの騎士達も攻め入った兵士達に倒され、動かなくなる。
「ウワーーーーー!!!!!!」
甲板で見ていた兵士達から雄々しい歓声が上がり、左舷にいるギアーテ王国の巨大船団からも地響きのような鬨の声が上がった。
「ウワーーーーー!!!!ウワーーーーー!!!!ウワーーーーー!!!!ウワーーーー!!!!!」
兵士達が槍や剣を天に突き出し、声を挙げる。
カークやコルツもそれに続き、ピピカもピョンピョン跳ねながら叫んだ。
僕はヴァイターに抱かれるように彼のマントに収まり、左手に持った細い剣を僕に渡した。
いつしか鬨の声をあげていた兵士の視線は、僕らに集中し、まるで剣を抜くのを今か今かと待ち望んでるように見えた。
僕は緊張と恐怖でグラスを持ったままの手を無理やりこじ開けると、剣を手にした。
そして鞘から抜くと、声援に答えるように天高く掲げた。
「ウワーーーーーー!!!!!!」
剣が赤く光り、僕はその美しさに驚いた。
近くの海面で大砲の球が着水し、水柱があがる。
口に塩水がついても辺りは気にせず、僕らに歓声をあげる。
高く掲げた剣の先・・砦の頂上には登り終えた老人が
見え、僕を見ると絶望の悲鳴をあげた。
ヴァイターが立ちはだかり、老人に叫ぶ。
「ドーラ タキアキンギカ!ココナ メルヴアカナティア(見よ!タキアの王よ!伝説の勇者を)!!エイタ メルヴナニヌ オンライズ シュルヴアルリヴァ(貴様は協定を破り、破滅の道を自ら選んだのだ)!!」
老人は恐怖に叫び、白い布の服を乱しながら叫んでいた。
振り見だしたボサボサの長髪の上に金色の王冠が見え、島を統治していた権力者である事が、かろうじでわかる。
目は血走って見開き、口から泡を飛ばす。
ラァムの酒の力なのか、それが鮮明に見え、僕は恐怖に打ち勝つように剣を掲げ続けた。
老人は僕らに叫び続け、やがて背後まで来たギアーテ王国の騎士に捕らえられて見えなくなってしまった。
そして砦を船が通り過ぎようとした瞬間、騎士が僕ら船団に向けて何かを掲げていた。
それが松明に照らされてギラギラと輝く。
「ウワーーーーー!!!!」
熱狂的な歓声が湧く。
先ほどの老人の首が、まるで幼児のように掲げられていた。
「ウワーーーー!!!!!」
僕も辺りの熱狂に負けて叫んだ。
ヴァイターが笑い、コルツが僕を抱きしめた。
目の前で恐怖が無くなった。
悪がひとつ滅んだのだ。
僕は瞬時にそう思い、皆と同じに喜び、ラァムを煽った。
「カンズアキ・リク!!!!カンズアキ・リク!!!!カンズアキ・リク!!!!!カンズアキ・リク!!!」
やがて僕のコールが始まり、群衆に両手を振って応えた。
人魚も口から水を出して祝福した。
───────
早朝のセイレーン島。
岸壁にある砦にいる、見張りに雇われた少年が望遠鏡を覗いた。
そして大海原を此方へ進むギアーテ王国の艦隊を目の当たりにした。
「ワァーーー!!!エイツァンデカ!!!!テアルーー!!エイツィカオーー!!」
少年は慌てふためき、塔の真下にいる兵士達に叫ぶ。
「ガーーーーーーピューーーーーzzzz」
しかし肝心の兵士は昨晩の宴も相まってワインの入った小さな樽を抱いて眠っていた。
身につけている鎧も半分脱げ、だらしがなかった。
少年は頭を掻きながら慌てふためき、咄嗟に置いてあったレンガを上から落とした。
ドシャ!!
と言う音がしてヌオの水飲み場に飛沫となって落下する。
兵士は大きく水を被り、目をパチクリとさせた。
「ウエア!!ファトマティカ!!!!ツンデ ズゥレオラニ キルキルリア!!?」
頭にきた兵士が少年に握り拳を作って叫ぶ。
少年は海の方を指差しながら
「テアルー!!ルクア ギアーテキンギカ メルヴィア!!」
と叫んだ。
「ア!?」
兵士が寝ぼけ眼で四角く抜かれた窓から海を見る。
そしてようやく事の重大さを目の当たりにした。
「アアアアア!!!ハパツイィー!! ヘオ! キガオ ファトマティカ!!チャリカンタ!」
兵士が叫び、少年がようやく近くにあった警鐘を思い出す。
兵士は慌てふためくヌオを蹴飛ばして静かにさせると、素早く飛び乗って鞭を打った。
王都を風のように目指す兵士の後ろを、少年の鳴らす警鐘が鳴り響いた。
兵士の乗るヌオがセイレーン島にある王都ベガに着く。
そして小高い神殿につづく石段を登って行った。
青を基調とした兵士達が見守るなか、見張りの兵士が全速力ではしる。
そしてようやく神殿にいる神官や王の親族達に報告した。
親族たちは謁見の予定がなかったので朝食を食べている最中だった。
兵士の必死の説明で、王の妻は引くような悲鳴をあげ、10歳になる王子は食べようとしたベリーを落とした。
神官達は慌てて相談し、中央にある水の女神 キュラー・テティアに跪いて懇願した。
「オオ・・キュラーティア アヌ キュラナナ セクティ!!」
王子は神官達を見て、立ち上がると
「ホホ ナイティア!!クリクリエ!!」
と、兵士達に号令する。
侍女が駆けつけ、慌ただしくなり、巫女達が泣き出した。
その号令は兵士から兵士に伝播し、王都全体が慌ただしくなった。
こうしてギアーテ王国『セイレーン島奪還作戦』の幕が静かに上がろうとしていたのだった。




