リクの旅立ち
遂に大いなるイベントクエスト
『セイレーン島 奪還作戦』が幕をあける。
しかし、コルツもツェトリ村の皆も、それが危険を孕んだ決死の作戦である事を知らない・・。
ヴーーー。
ヴーーー。
枕元のスマホが鳴る。
ベッドにはリクが眠っている・・。
アカナ平原特有の渇いた風が、壁に貼られているプリントを靡かせた。
薄い乳白色のセレナイトで出来た窓からは日の光りが差し込み、その窓棚にはシャーペンが置いてあった。
その窓棚の下にある机には開かれた教科書とノート。
ワードローブは開かれており、そこに中学校のジャージが見えるように掛けてあり、開け放たれた下の引き出しには学校の鞄が置いてあった。
リクは鞄に入っていた元の世界を必死に開いて『日常』を作っていた。
交友関係が億劫だった。
母が帰って来なかった。
学校が嫌だった。
まるで四角い弁当箱に詰め込まれる感じがして息苦しかった。
リクにとって逃避したかった『日常』であり、夢にまでみた異世界転生なのにだ・・。
夜になって孤独に苛まれると、リクはジャージのポリエステルや僅かに残る柔軟剤の匂いを嗅ぎ、筆箱のプラスチックの触感を確かめた。
しかしそれは、紛れもない『現実の異世界』である事を嫌でも突きつけられ、その現実を払拭するようにイマジナリーフレンドのヒロキを椅子に座らせて言葉の弊害を紛らわした。
異世界の夜は長く、言葉の通じないリクを常に孤独にさせた。
「う、ううん」
リクは寝ぼけながらディスプレイを見た。
『セイレーン島 奪還作戦 パーティーメンバー 1/75』
パーティーメンバーが75人も入る。
本来ならフレンド同士や沢山の味方で行うイベント系クエストだったのかもしれない。
本来の野良プレイなら、ここで別のセッションから募集をかけるものだが、このゲームはよほど過疎化しているらしい。
このスマホの存在でかろうじで『ゲーム』の体形を成しているだけで、ほとんど現実世界と変わらない。
ガスパーが血だらけで暴れ、徐々に体温が冷めていき、やがて皆に食べられるなんて・・そんなクソみたいなゲーム誰が買うのだ。
この世界は間違いなく『現実』である。
このリアリティーで戦いが始まったら、自分は正気でいられるだろうか?
生きて自分の世界に帰って来られるだろうか?
リクは縋るような気持ちでステータスを観た。
神崎 陸 (カンザキ リク)
所持金 20オルガ
装備:なし
Lv:5
HP:5
MP:5
攻撃力:3
防御力・・・etc
そこまで変わってないが、レベルが上がった。
そういえば好感度ゲージもあるはずだ。
きっとガスパーを屠殺して逃げ出したんだ・・きっと村の人から良い印象は受けないだろう。
『好感度:100』
「こ、好感度100!!!!」
「リクー!!エ ア モーニー!!!!」
「うわぁ!!」
───────
私はエプロンで手を拭うとリクの初陣に向けてリクに朝食を作った。
今朝の小食は目玉焼きと羊肉のベーコン。そして燻製オリーブオイルにタイムの葉を散りばめたオートミルだ。
コンコンコンコン!!
「アーニャ!」
「どうぞ!開いてるよ!」
私が朝食を作っていると、メメルとコルツが入ってきた。
コルツは簡単なプレートで出来た身軽な『軽装歩兵の装備』に着替えていた。
「よっこらせと」
そして、纏めたリクの鎧を暖炉の前に置いた。
本当ならリクには『伝説の勇者の鎧』の一式が送られる予定だったのだけど、リクが装備すると身動きが取れず、その度に幾度とない改良が加えられた。
でも・・どんなに軽く、鳥の羽根ほどの軽量さを誇っても、結局リクは装備することはできなかった・・。
多分メルポ公国の魔工師と、最高の仕立て師の推移を集めたと思うけど、結局納期に間に合わず。
リクには『遠征隊の軽装歩兵』を装備してもらい、その上から『伝説の勇者の鎧』の絵が描かれた布を羽織る事で解決した。
メメルは・・
「ちょっと!メメル!」
「リクー!起きてるんでしょ!入るわよー!」
メメルはノックをせずにリクの部屋に入って行った!
「リク!リク!鏡なんて見てないで起きなさいオラッ!」
「*うわっ!」
メメルがリクの尻を杖で叩きながらベットから蹴落とす。
「リク・・!!本当に大丈夫なの!?魔法もない!攻撃力も低い!言葉も通じない!!生き物も殺せない!!こんなデクの坊が一体何の役に立つのさ!?こんなのが戦に行ったら、真っ先に殺されてしまうわ!!」
「大丈夫だよメメル!リクは遠征に行く兵士達の慰安に行くだけだから、攻撃力は関係ないの!」
「そう・・ふん!」
メメルはリクを覗き込む。
「*う!」
リクは困ったように私とコルツを見ると動揺した。
「相変わらず心に迷いがあるわね・・まるで何処ぞの王国の姫君よ。リクが居た異世界はどんな世界なのかしら?なんでわざわざ"こんな世界”に来たのかしら・・?」
リクは言葉が理解できないのも手伝ってスタスタ歩くと、テーブルに布巾を敷いて食器を置きはじめた。
私はそれを見ながら続ける。
「少なくともリクはこの世界に来ることを『望んだ』ってガンロ様は言っていたわ」
「望んで・・??こんな迷える子羊みたいな顔をして??」
「うん。ガンロ様が言っていたもん・・!」
「そんなに嫌な世界か??メメル?」
私とメメルの会話にコルツが入る。
リクは淹れた紅茶を皆に配る。
「そうじゃないけど・・。はいはい。『こんな世界』って言って悪かったわよ。最高の世界だわ!」
私は少しだけ笑いながら鍋のオートミールを配った。
「さーて、始めるか」
食事を終えて、コルツがリクに防具を着せてあげる。
防具は海老の尻尾のように何枚かのプレートに別れた胴があり、その上からショルダーアーマーを上から装着した。
腰回りは、スカートに太ももを護るニーアーマーがベルトから独立して付いているが、脚絆と脛当て以外は露出して身軽になっている。
腕も簡単な腕当てがあるくらいで、槍や剣が降りやすくなっている。
リクはこれから何が始まるか理解しているようで黙ったまま立っている。
いつしか老人会から帰ってきたガンロ様も加わり、リクの着る布に祈りを込めていた。
みんなでリクに装備を付けたり、祈りを捧げたり、呪文を書いている。
私もリクの服の折り目に自分の白くて長い髭を一本、結んであげる事にした。
「俺、旅先でずっとリクの装備を着せてあげなきゃいけない訳?」
「しょうがないでしょ?言葉が通じないんだから。私が脚絆を巻くから!」
「へーい」
「リク?リク?こうやって、キツく縛るの!できる!?」
私は巻いてある脚絆の端をリクの踝にあてがうと、ふくらはぎにかけてキツく巻き始めた。
「ギュッとしめてクロスさせ、ギュッとしめてクロスさせる!ハイ!」
「*やってみる」
リクが手こずりながら脚絆を巻くのを、コルツとメメルは見ていた。
少なくとも、リクは『旅の装束』を知らない・・。
つまり、リクの居た異世界でリクは遠出しないと言うのが分かった。
もしかしたらリクは、遠くを移動しなくても良いような高い身分の人間か・・もしかしたら生贄として送られて来たのかもしれない。
本当にリクは何も知らないし、何もできない。
まるで、子羊を出荷する時のような悲しい気持ちになる・・。
「コルツ、薬瓶と魔石をポーチに入れてある。魔石は『フレア』を封じてあるわ」
「ありがとうメメル」
「リクの分も入ってる事を忘れないで?フレアはいざと言う時に使いなさい。すごい威力だから」
「すまないな」
「・・別にコルツの為じゃないわよ?ただ少し心配なだけよ?」
「うん・・」
「あっ!!私もある!!」
私が作り置きしておいた魚の燻製を棚から出した・・。
「いや、軍で給食がでるから大丈夫だよ」
「いいから持って行って!何だか胸騒ぎがするから」
────
それからリクとコルツの旅立ちは極めて淡々と行われた。
兵士専用の装甲駅馬車がツェトリ村の広間に到着し、
2人が乗り込む。
中には別の村ら国から徴収された兵士が乗せられていた。
「あぁ!コルツ!必ず帰ってきなさいね!リク君も!!」
「分かってるよママ!!」
コルツのママがコルツとリクの額にキスをし、子ども達が出迎える。
「コルツ兄ちゃん!!リクを頼んだぞーー!!」
「リクをお願いーー!」
「おいおい!少しは俺も心配しろ!」
「リクーー!」
「*ん?」
見るとクレアとココだ。
「これ、クレアとココで編んだの!御守り!」
「*え!?僕に?ありがとう!ダイケア!!」
リクは珍しそうに御守りの袋を見た。
「*すごい・・。まるで日本にある御守りだ。」
「ニホン??」
その言葉に駅馬車に装甲駅馬車に乗っていた兵士が反応する。
「アーニャ姉ちゃん。2人はいつ帰ってくるの??」
「遅くて2週間かな」
「もっと早く帰ってこれないのー??」
「慰問はマザーアカナの2回目の安息日までと来まって居るの。2人ならきっと大丈夫よ」
コルツとリクが馬車に乗り込み、一路ギアーテ王国のタントリノに向かった・・。




