異世界の切り離し
リクが語学を学ぶなか、アルバース大司教の指示のもと『異世界の切り離し』作業が行われようとしていた。
これは異世界に放り出されたリクの最初の試練であり、異世界のチートやハーレムの無い、現実を遥かに凌駕する厳しい世界の幕開けを意味していた。
それに気づいたのは他でもないリクだ。
彼はゲームでは到底考えられないモノが異世界にある事に衝撃を受けるのだった。
「あたま!」
「「あたま!!」」
「あし!」
「「あし!!」」
「わたし!」
「「わたし!!」」
「あなた!」
「「あなた!!」」
私は教会の奥に鎮座するマザー・アカナの像に黒板を立てかけると、子ども達に言葉を教えた。
時より鉛筆(黒鉛を木で挟んだもの)で羊皮紙で書取り、友達同士突きあって向こうを指している。
その先にいるのは皆より歳上のリクだ。
リクは皆より頭が3つも上で頭を掻きながら時より首を傾げて書き写している・・。
子らは、それが可笑しいらしくニヤニヤと笑っている。
「マザー・アカナは言いました」
「「マザー・アカナは言いました!!」」
「"お前の上部だけの忠誠心などいらぬ!"」
「「お前の上部だけの忠誠心などいらぬ!!」」
「マザー・アカナの威光がアーズ・ナニスを照らし出し!」
「「マザー・アカナの威光がアーズ・ナニスを照らし出し!!」」
「叛逆の神アーズ・イルとアーズ・ナニスを人間界に追放しました!」
「「アーズ・イルとアーズ・ナニスを人間界に追放しました!」」
「アーニャお姉ちゃん?なぜ2人は追放されてしまったの??」
「良い質問ね・・。聖典、109ページ!・・間違えた!250ページ!」
私が指揮棒を叩きながら言うとリクの隣に座っている女の子が本をめくってあげている。
「マザー・アカナとアーズ・ナニスの交わりを見た双子の兄 アーズ・イルは2人の交わりを隠れて見ながら自慰をしました。イルの精液は大地を穢し、やがて魔物が誕生しました。
(省略)
やがてアーズ・イルとナニスの兄弟は、2人で交わるようになり。
ナニスとイルが、神々が創り出した『世界』にアカナの許可なく交わる事のできる『始祖人間』を創り出しました。
マザー・アカナは激しい怒りを覚え
────(中略)───
人間界は様々な神々が関与している為、やがてマザー・アカナは誰も信じられなくなり、次々に神々を処刑し、世界に流して行きました。
神々は世界に追放されると、アーズ・イルとナニスを反逆の罪に問い、ナニスをカラッポの脳にして、空の天体を永遠に支え続ける罪を与え。
イルを永遠に月を見る事の許されない地下世界に封印したのです。
太陽が昇って沈むのは、アーズ・ナニスが天体を両手で動かしているのね!」
「おぉお!」
「アーニャ姉ちゃん!『交わり』って何?」
「仲良くする事よ!」
「仲良くしちゃいけないの?」
「それはお母さんとお父さんに聞けば分かるかもね!」
「ふーん。」
「ま、早い話、マザー・アカナは嫉妬したのね。よくあるじゃない?自分の怒りに任せて動いたら収集がつかなくなるのって。
マザー・アカナは最愛の友であり、戦いの女神のメルル・ヴィアスでさえ追放し、やがて自分の住処である月の天宮で孤独になってしまったのよ」
「今もマザー・アカナは1人なの?」
「そうね。だから、私たちはこの世界に居る様々な神々と共に待ってあげるの。『アカナ様。あなたの怒りは全て理解しました。ですのでこの世界にご降臨下さい』って」
「ふーん」
「ねえ、アーニャ姉ちゃん?」
「なに?」
「リクは何処から来たの??」
「※へ??」
皆が一斉にリクの方を見る。
リクは突然の視線にポカンとした。
「おそらくは異世界ね。月の天宮とも違う、遠く遠く離れた世界ね」
「ふーん」
子ども達が必死になって羊皮紙に書き取る。
私は席をまわると、文字の羅列の違いを指摘した。
───────
「さあ!みんな今日の授業は終わりだよ!!給食を食べて帰るように!」
「わーーー!!」
教会の鐘が鳴り、皆が一斉に広場に駆け出した!
「リクぅう!行こう!?」
「リク!ご飯!しよーー!!」
「※えっ!?」
リクは村の女の子達に囲まれて、困ったように私を見る。
「ほらほら!リクが困っているじゃない!そんなに引っ張ったら服が破けちゃうよ!」
「えーー!!私、リクとごはん食べたいーー!」
「私も、リクに異世界の話聞きたーい!!」
「はいはい!それはリクが文字や言葉を覚えてからね!」
「はーい!行こう?クレアちゃん?」
「うん!」
クレアチスの双子の妹のクレアが駆け出す。
リクは教会でポツンと私を見ていた。
「リク! 授業! 終わり! ごはん! 行こ?」
私が食べ物を口に運ぶ動作をしてリクに言う。
リクは何か言いたそうに口を開くも、瞳を左右に動かして考えている。
「どうしたの?リク?・・あぁ!そうだ!アルバース大司教から預かり物が届いてるよ!あとで返してあげるからね!」
「※(うん)」
リクは理解したのか頷いた。
私は教会の倉庫にあった、リクが携えていたと言うバックを取りに行く。
そして昨晩のバッカスとガンロ様の会話を思い出していた。
───────
「アーニャ、アルバース大司教からリクのバックを預かっている。」
「リクのバック??」
「そうだ。リクが異世界から来た時に一緒に持ってきたものだ。書物が数冊と筆記用具。水筒。硬貨の入った財布。
そして『キー』だ。」
「『キー』って何ですか?」
「なんでもマザー・アカナを選んだ勇者が貰える『オマケ』らしい。特に脅威でも無いから返すと言うことだ」
「は、はあ」
早速、私がバックを取りに行こうと瞬間、つかさずガンロ様が人差し指を立てて引き止めた。
「いいかい?アーニャ。勇者たる物、最大の弱点は何だか分かるかね?」
「なんですか?」
「『里心』だ。遠征した兵士達が陥る、強烈な帰巣本能だよ。命のやり取りをする事で戦友の戦死は避けては通れぬ。
その胸中で里心は蓄積する。
『どうせ死ぬなら、故郷をもう一度見たい』
小さな欲は、屈強な兵士の隊列を乱し、やがて仲間割れを産むのだ。そして・・」
「そして?」
「渇きの王の勇者達は壊滅した・・。力やスキルはあれど我々とは違って『心』が弱かったのだ。帰る道を寸断された勇者達はパニックに陥り、やがて同士討ちを始め、破壊し始めた。我々が攻めた頃には勇者達の惨状が広がって居た。だから、よく考えて欲しいのだアーニャ・・。
これからアルバース大司教の指示のもと、カンザキ リクの『異世界の切り離し』を行う。
アーニャはできるだけリクを勇者として育て上げ、語学学習と戦いの強化を優先させるように」
「わかりました」
バッカスは黙って葡萄酒を口にし、ガンロ様は心配そうに私を見ていたので私が口を開いた。
「ガンロ様。きっとリクなら大丈夫ですよ。故郷に帰れないならツェトリを故郷に思えばいい!
ここには豊富な水と豊かな土。
そして根強く、献身的な信仰心があるではありませんか。
リクの居た異世界より勝てる自信がツェトリにはあります!
わたくし、アーニャ・クローラウスが太鼓判を押します!」
私はポケットに入っている小さなアカナの像を握って言った。
「そ、そうですよ!アーニャ君の言う通り!ツェトリには他の国や村にはない良さがある!リク君なら良さがわかりますって!」
バッカスが言い、私はガンロ様の手を優しく握った。
─────
広場に出るとギルドで使っている長テーブルが用意され、子ども達が食事をしていた。
肉屋のベルトさんが切り分け、ガンロ様が祈りを捧げる。
今日は仔羊の塩煮込みスープと、羊肉のピカタ(卵衣とじフライ)だ。
羊の頭を使った塩煮込みスープは、子らやリクが人間界に来た歓迎の証であり、5歳の誕生日に振舞われる祝いの料理だ。
「アーニャ姉ちゃんが遅いから、お祈りを済ませちゃったぁ!!」
「ああ、ごめんね!」
「アーニャ姉ちゃん!私のスープにお祈りしてー?」
「うん!いいよ!」
私はリクの隣に座るとパンと料理を貰って、祈りを捧げた。
リクはストクを一生懸命使いながら、ピカタを食いちぎろうと必死だ。
「リク?異世界の物を返します。あとで見てみてね?」
「※うん。・・・ん?」
リクは理解したのか頷き、私を見た。
そしてバックを見るや否や、サッとリクの顔から血の気が無くなるのを見た。
リクはストクをポロリと皿に落とすと、まるでトガリネズミを触るようにバックを引き寄せた。
「※なんで、こんな物がここにあるんだ!?」
リクはバックを不思議な開け方で開くと、中から書物を取り出した。
他の子らも、リクが気になるのかストクを持ったまま観察している。
「これはすごい・・!」
私はバックから出される異世界のテクノロジーに驚いた。
書物には、つい今しがた魔導師が念射したような色の付いた挿絵がいくつもあり、卓越した製本技術と細工職人の叡智が溢れていた。
「リク?これ 何?」
「※シャーペン。こうやって使う」
「へぇえ」
リクが使い方を見せる。
そして驚くことに金属を複雑に曲げて作った『水筒』には飲み物が腐らずに入っていた。
おそらくリクは、異世界を放浪する為の旅の支度をしていたのかもしれない。
リクは何を思い出したのかポケットから『異世界の鏡』を取り出した。
そして何回か指でなぞった後に、慌てて立ち上がった。
そして慌てた顔をしながら発光する鏡を指で動かす!
「※え!?なんで?あれ!?」
「リク?どうしたの!?」
私が聞こうとした瞬間、ガンロ様が私を制す。
ガンロ様が私を見ながら首を横に振った。
「アルバース大司教が『異世界の切り離し』を行った。いま、リク君は『異世界酔い』の只中に居る・・」
「※え!?嘘でしょ!?アーニャ!!アーニャ!!帰れない!!えっと・・!帰りたい!アーニャ!!」
リクが大変取り乱し、私は慌ててリクを勇気づけた。
言葉は通じなくても、きっと想いは通じると思ったのだ。
「リク!?これで晴れてツェトリの一員だよ!!喜ばしい事なんだよ!リク!この仔羊のスープはリクの為にあるんだよ!!
リク 勇者 なる !!
リク ここに居る!!
渇きの王 倒す !!
一緒!!」
「※うわわ!!」
「あっ!!リクー!!!!」
リクは駆け出し、服を振り乱すと駆け出してしまった!!
「※ゲームから出られない!!誰か!!!!誰か助けて!!!!」
「大変!!リクが乱心になってしまった!!ガンロ様!!」
「アーニャ・・食事を続けるのだ・・」
「ガンロ様!リクが大変です!」
「アーニャ! そこに、座って、食事を、続けるのだ!!これは、カンザキ・リクの問題だ!」
「・・・っ!!」
ガンロ様の気迫で食卓が静かになる・・。
子らは何が起きたのか分からず、ベルトさんとガンロ様を交互に見る。
「これでリクが死を選ぶなら運命だ・・。
このアカナの大地では生きられない。
アーニャ、これは勇者が最初に直面する試練だ。
待つのだアーニャ。リクが勇者として『自分の意思で』帰って来るのを。それが我ら神官の務めだ・・!」
「・・・・・・・分かりましたガンロ様」
「アーニャ。わたしもリクを信じている。
彼は力は弱いが強い子だ。
マザー・アカナの寵愛を確かに感じる」
私が席に座ると、バッカスがワインを持ってやってきた。
「ガンロ司祭〜!!こんな美味しいワインを隠しておくなんて人が悪いじゃないいですか〜!痛っ!!」
ベルトさんがバッカスの頭を叩き、ヒソヒソと話す。
バッカスは事の事態に気づき、ワインを置いて静かにリクの去った方向に祈った・・。
私は放心状態のまま食事を終え、長椅子の片付けをした。
またリクが村の外まで出て行ってしまったらどうしよう?
スライムの餌食になってしまらどうしよう?
『このアカナの大地では生きられない』
だったら・・なぜリクはこんな残酷な世界を選んだのだろう?
「あーーーニャっ♪!」
「わっ!メメル!」
気付いたら私は古い爪を食べて新しくしながら騎士の像に腰をかけていた。
メメルとコルツがやってきて一緒に腰をかける。
「アーニャ、ヒゲが下がってるよ?どうしたの?」
「う・・うん。あのね・・」
私はリクの話を包み隠さずはなした。
アルバース大司教による異世界の切り離し・・。
厳しいガンロ様。
もどかしい自分。
そして驚くほど弱いリク・・。
「「んーーー」」
コルツとメメルが考える。
私はコルツに提案した。
「ねえコルツ?ミルク姉さんに武術を教わった事があるのでしょう??」
「お、おう」
「教えてあげる事はできない??」
「それは・・いいけど。言葉が分からないんじゃな」
「メメルは魔法を教えて欲しいの。できない?」
「んーー。まずこの世界の国語を覚えないと難しいかも知れないけど・・。」
「くうう!・・これじゃあ、リクが言葉を覚えれないままメトルリッスに行く事になっちゃう!」
私は騎士の像の土台で爪をガリガリ研ぎながら考える。
「アーニャ・・・少し手荒な方法だけど、言葉を教える方法はあるわよ?」
「なに?」
「『言葉忘れの薬』と言うのがあるわ」
「言葉の忘れ薬!?」
「えぇ。」
2人の女の子が馬車の車輪の部分を転がして遊んでいる。
なんてことの無い日常に、メメルの残酷で摩訶不思議な妙薬の話が小さな唇から発せられる。
「これはエルダの時代の前期にリトルウィッチ族が作ったものよ。征服したマモーの子らに飲ませていたの。」
「マモーの子?」
コルツが聞く。
「大地の神 マモー??」
私が言うとメメルは頷いた。
「そう、大地の神 マモー。マモーは土着信仰そのもので、信仰しているのはもっぱら先住民族か森林の民であるアレン人だったの。渇きの王は、侵略したマモーの信者・・つまりマモーの子らを捕まえ。薬を飲ませた・・」
私はゴクリと唾を飲み込み、コルツが聞いた。
「その薬を飲ませると・・一体どうなるんだ??」
「故郷や言葉を忘れてしまうの。言葉や信仰している神・・そして自分が何者であったのかも・・でも、とても不味いから無理やり飲ませるか・・食事に混ぜて与えていたようね」
「・・・・・・・」
私は返す言葉が無くなり・・じっとメメルを見てしまった。
メメルも私を見返す。
沈黙を破ったのはコルツだった。
「ま!なあに!!要はリクがキチンと言葉を覚えれば良いんだろ!?」
「そ・・そうね」
メメルが驚いた様に言う。
「じゃあ簡単じゃねーか!まだ遠征が決まったわけじゃないんだし、みんなと勉強すれば日常会話くらいできるだろ!」
「うん・・。そうだよね?」
「そうだよ!」
「・・うん!わかった!リクを探しに行こう!!神官たるもの、前向きに行かなきゃね!」
「そうよアーニャ!それでこそアーニャよ!」
「じゃあ、リクを探しにいこ!」
私はリクの足跡と匂いを求めて地面に鼻を付けた。
「はぁ、また探さなきゃいけないのね・・」
メルルは肩をおとした。




