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第九話 竜の宝珠の力

~竜の宝珠と竜妃(りゅうき)


摩示羅(ましら)子音(ねね)を人質に取り竜妃に宝珠の在処まで案内させていた。洞穴(ほらあな)とはいうものの、人が三人余裕で横並びに歩ける広さがあり天井も高い、地面には石畳が敷かれ一定間隔で灯篭が立っていて灯かりが(とも)っているのでそれなりの明るさがある。しばらく歩いていると水音が聞こえ、開けた空間に出る。そこには泉がありその中央には祠が建っており橋が架かっている。天井は更に高くなっていて暗く、どこまで高いのか分からない。辺りにホタルのような光の球が無数に漂っていて上を見上げると星空のようにも見えた。竜妃は祠の中に摩示羅を招き入れる。摩示羅は子音を連れ祠に入った。


「ここか……さあ、宝珠を出してもらいましょうか?」


摩示羅は誇示するように子音に単筒を押し付ける


「ちょっと痛いよ!」


子音は身体に押し付けられた単筒の痛みに抗議した。竜妃は社の奥にある御簾(みす)の中に入ると、こぶし大の大きさの透き通った水晶玉のような球体を持ってきた。それは淡く蒼く光っている。


「これが竜の宝珠です……」


「ほほぉ……これはこれは、美しい……光る珠とは!」


竜の宝珠を見て摩示羅は眼を輝かせ笑みを浮かべたその時、祠の扉を蹴破り士狼(しろう)が乱入した。その後ろには瑪那(まな)が息を切らせて走ってきた。


「待ちやがれ!」


「ちぃ!」


摩示羅は舌打ちをし咄嗟に士狼に向けて単筒を向ける。それを読んでいたのか士狼は横跳びで回避しながら短刀を摩示羅に投げつけた。短刀は単筒に当たりあらぬ方向に発砲した。子音は不意に摩示羅の手が緩んだのを感じ振りほどいて士狼の元へ走った。士狼は子音を抱きとめる。


「ち、ええい!」


摩示羅は泡を喰って周囲を見回すと視界に竜の宝珠を持つ竜妃が眼に入る。摩示羅は竜妃から強引に宝珠を奪い取る。


「竜妃様!」


竜妃は摩示羅に突き飛ばされ転倒する。瑪那はその様子に慌てて駆け寄る。竜妃は瑪那に無事を伝えるように見つめ返し、手を握って頷く。摩示羅は単筒を向け威嚇しつつ宝珠を見つめて高笑いをした


「ハーッハハハハ! 間近で見るとより美しいではないですか! これならかなりの高値で売れそうだ……これで私は――」


突然摩示羅の表情が苦痛にゆがむ。悲鳴をあげながら手に持った宝珠を振り回し苦しみ藻掻いている。


「あ、熱っ!? つ、冷た!? い、痛っぅ!? な、なんだ!! この! 球が! 離れない!!」


摩示羅は苦しみ悶え地面をのたうち回りながら手に張り付いた宝珠を地面に打ちつけたりしながら必死に引き剥がそうとしている。


「何だ?! こいつ、急に――」


士狼はその異常な様子に狼狽える。


「竜妃さん?!」


子音は竜妃に助けを求める様に視線を送る。竜妃はまったく動じていない様子で瑪那と共にゆっくりと立ち上がった。


「竜の宝珠は純潔の乙女しか触れることは出来ない……それ以外の者が触れれば――」


竜妃は一人苦しみ悶える摩示羅に近づいていく。その表情や声色は冷静だった。摩示羅の傍に立ち倒れて藻掻いている摩示羅を見下ろす。摩示羅は竜妃の袴の裾を掴み苦痛にゆがんだ表情で睨む


「きさ……ま……は、謀ったなぁ!!」


「――私はあなたの望むようにしただけです」


竜妃の言葉は淡々としていて背筋が冷たくなるようだった。摩示羅は徐々に力を失い動きが鈍くなる。


「なんで……この私が……こんなことで……」


摩示羅の身体は淡く光り宝珠の中へ吸い込まれた。宝珠は地面に転がりながら一瞬強く輝き、やがて淡く光る状態に戻った。竜妃は地面に転がっている宝珠を拾い上げ、両手で優しく撫でた。その様子を見ていた子音は摩示羅に捕まっていた時よりも怯えていた。


「こんな……ことって……」


そんな子音の様子を見て士狼は険しい表情で竜妃を見た。


「おい、竜妃さんよ……どういうこった?」


「先ほど言った通りです。竜の宝珠は、純潔の乙女しか触れることは出来ない。それ以外の者が触れれば――その身を喰われる」


「アンタ、こうなるのが分かってコイツにその玉を――」


士狼の訝しむような視線も意に介さず竜妃は答えた。


「ええ。しかし、それを説明しても彼は宝珠を手にしようとしたでしょう……」


「コイツが悪いんだ、自業自得だよ!」


瑪那は竜妃をかばうように士狼との間に割って入り、士狼を睨む。士狼は竜妃と瑪那を交互に見て如何ともしがたいなという表情で頭を掻いた。子音は士狼の腕を掴んで顔を埋め小刻みに震えている。


「虫をも殺せぬような顔をして、(なれ)もやるではないか――」


祠の外から、士狼や子音が聞いた事のない女の声が響き渡る。士狼たちが祠の外に出ると橋の上に何者かが立っていた。白銀色の艶めく長い髪、透き通るような白い肌、目尻や唇には朱をさし白い巫女装束を纏っている。どことなく竜妃と似た感じだが、身に纏う雰囲気はまるで正反対――妖しく怖気立つ気配を放つその女はまさに子音――竜の花嫁を狙う白蛇講(はくじゃこう)の長、まじない師・巳影(みかげ)であった。


「なんだ? おまえは――」


士狼は気圧されまいと気を吐く。


「汝か? 鷹茜(ようせん)亥藍(がいらん)を手玉に取ったという男は」


士狼は鋭い視線で巳影を睨む。


「鷹茜に亥藍……なるほど、おめえが子音を攫おうとしてた奴らの親玉か……」


(わらわ)は巳影……汝は良い腕をしておるな、どうだ、我が教団に入らぬか?」


巳影は手に持った扇を閉じて士狼を指した。士狼は眉間に皺を寄せて睨み返す。


「いきなり現れて偉そうに何言ってんだこの――」


巳影は士狼の態度を無視して言葉を続けた。


「何が欲しい? 金か? 名声か? 妾の元にくれば思うがままじゃぞ?」


士狼は巳影の誘いを鼻で笑う


「フン、折角のお誘いだが遠慮しとくわ。アンタ、すげぇヤバイ感じがするんでな……」


巳影は妖しい笑みを浮かべる。


「ヤバイ感じ……こういう風にか?」


巳影は左手を前に差し出し、ゆっくりと真綿を掴むように閉じていく。すると士狼は突然耳鳴りがして自分の首が見えない力で絞められて行くのを感じた。


「なに?! あがが……ぐあ!!」


「し、士狼?! ど、どうしたの――」


士狼は自分の首に纏わりつく何かを振り払おうと藻掻くが何も纏わりついていないにも関わらず首が絞め続けられている。士狼の苦しむ姿を見ながら子音は狼狽え、巳影は冷たい笑みを浮かべていた。


「破っ!」


その状況に竜妃は気合と共に「パン」と掌を打った。金属が割れる様な音が鳴り、士狼は見えない力から開放され膝をついて咳き込んでいる。


「士狼! 大丈夫?」


子音は士狼の背中をさする。


「ゲホゲホ……はあ、はあ……ああ。何なんだ、こりゃあ……」


「巳影……貴女にはここに来る資格はないはずです、去りなさい!」


竜妃は先ほどまでの冷静さとはうって変わり怒りの感情を露わにしている。対して巳影は扇で口元を隠しながら笑みを浮かべていた。


「フフフフ……久方振りの再会なのに随分な物言いだのう、竜妃……いや辰美(たつみ)


「姉さん……」


巳影の言葉に苛立ちを抑えられない表情の竜妃。


「お姉ちゃん……じゃあ、この人たち――」


「何がどうなってやがんだ?」


子音と士狼は困惑しながら竜妃と巳影を交互に見つめた。


「良かったろう? 妾が竜妃を拒んだお陰で、辰美……汝が竜妃に選ばれたのだ。感謝されても良いくらいだと思うがのう?」


「……ふ……ざけないで……」


「竜妃……様?」


竜妃は低く掠れるような声で呟く。瑪那は竜妃の聞いた事のない声にお怯えた様子で問いかける。次の瞬間竜妃は堰を切ったように息巻いた。


「ふざけないで! 姉さんが逃げ出したせいで、私がどれだけ……」


「アハハハハ! じゃあ、アンタも逃げりゃよかったんだよ、イヤならね」


巳影は竜妃を嘲笑う。そんな巳影の態度に竜妃は激怒した。二人とも言葉遣いが改まった言葉から市井の姉妹のようなものに変わっていた。


「そんなこと出来るわけないでしょ?! 誰かが竜妃にならなければ、この森も、村も、滅んでしまうのよ!」


竜妃の激昂を巳影は薄ら笑いを浮かべ鼻で笑った。


「あの村やこの森が無くなろうがアタシは生きていける。そんなモンのために犠牲になるなんてまっぴら御免だ……だから逃げたのさ」


竜妃は拳を握り唇を噛みしめる。頬には涙が伝っていた。


「村の人たちは身寄りのない私たちを引き取って育ててくれたのよ?……そうでなければとっくに死んでた……そんな人たちを簡単に見捨てるなんて……私には出来なかった……」


巳影は大きな溜め息をつくとその顔からは笑みが消え、憐憫の表情で竜妃を見つめた。


「つくづく可哀想なコだね、辰美。なんであの村は身寄りのない子供、しかもアタシらやこの(むすめ)みたいに、何故女ばかり養ってるのか……考えなかったのかい?」


「やめて!」


竜妃は叫びながら両掌を組み合わせ印を形作った。すると竜妃から巳影に向かって突風のような見えない力が襲い掛かる。巳影が両掌を突き出すと見えない壁のようなものが発生した。


還請(ゲッシャ)――」


巳影が突き出した両掌で印を組み何か呪文のような言葉を発すると、竜妃が放った突風のような力はその向きを真逆に変え竜妃へ向かった。竜妃は咄嗟に印を解き両手で押し返すような仕草をするが身体ごと後方に吹き飛ばされ転倒した。


「分かってるよ、もう限界なんだろ? 辰美、アンタの身体は――」


巳影は嘲笑とも憐憫ともとれる表情で竜妃を見つめていた。


「く……竜妃の神通力を跳ね返すなんて!? 姉さんその術は一体……」


真言(マントラ)という異国の妖術さ……流石にアンタも弱ってるとはいえ竜妃だねぇ、こちらの術の威力がかなり殺されてるじゃないか」


竜妃は巳影の纏う力に只ならぬものを感じ息をのむ。


「竜妃様!」


瑪那が竜妃のもとへ駆け寄る。竜妃はうつ伏せのまま激しく咳き込む。瑪那は竜妃をゆっくり仰向けにした。竜妃は震えながら肩で息をしている。瑪那は竜妃の身を案じ身体をさする。


「やめろ!」


その様子を見ていた士狼は業を煮やし巳影に斬りかかる。巳影は両手の指を複雑に絡めた印を結び呪文を発した。


縛鎖(ヴァン)――」


突然士狼の身体は縄で縛り上げられた様に固まり前のめりに受け身を取れない形で転倒した。まさに見えない鎖で縛られているようだ。


「何? ぐあ! ……何だ?! クソ……」


士狼は手足を動かせないまま地面に這いつくばって藻掻いている。


「士狼?! 竜妃さんも――そんな、どうしよう……」


子音は巳影の怪しげな術で動けない士狼と倒された竜妃を見て途方に暮れていた。


「どうした、士狼とやら。自慢の剣でなんとかしてみろ」


動けない士狼を嘲る巳影。


「くそ……ったれが……この……」


士狼は倒れたまま巳影を歯を食いしばり睨み返していた。



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