第七話 竜の洞穴
~竜妃と竜の花嫁~
ようやく竜の泉があると言われる洞穴に辿り着いた子音たち。子音を狙うまじない師・巳影の部下の摩示羅が迷った旅人に扮して行動を共にしていた。その一行の前に竜神の力をつかさどる巫女・竜妃とそのお付きの精霊・瑪那が現れた。
「良く来てくれましたね、待っていました……竜の花嫁」
会釈をして微笑む竜妃。長い黒髪と珍しい巫女の様な衣を纏う不思議な雰囲気の女性である。子音はその姿に見入っていた。
「へぇ、アンタが竜神様ってのかい?」
士狼は子音の前に出て観察するように竜妃を見る。その態度を見て瑪那は士狼を睨みながら青い髪を揺らし前に出る。
「オイコラ、控えろ人間! この竜妃様はお前みたいなのが馴れ馴れしくしていいお方ではなーい!」
「なんだこのガキは?」
士狼は瑪那を指さしながら竜妃の方を見て訊ねた。
「この子は瑪那……竜の泉の精霊です。竜妃である私の世話をしてくれています。あなたは花嫁を護り、ここまで送り届けてくれましたね? ありがとう」
「あ、いや……」
竜妃に丁寧に頭を下げられ、士狼は無礼な物言いの自分が申し訳なくなった。
「そちらの方々も、花嫁を助けてくれていましたね、ありがとう」
賞金稼ぎ三人組・潮、古兎乃、タイガーJにも頭を下げる竜妃。
「あ、いや別にアタシらなにも……」
潮は手をブンブン振って謙遜した。
「竜妃さん、あの……子音はどうすればいいの?」
「竜の宝珠をあなたに受け渡す儀式を行います。宝珠は想いを形にする力を持っているのです。代々竜妃は宝珠に森の繁栄を祈り続けて来ました。儀式が済めばあなたは竜妃となり、宝珠を受け継ぐことになります」
「あの、その前にこの人達を森の外に出してあげて!」
子音は懇願するように竜妃に向かって頭を下げた。
「あなたが竜妃になれば、そのくらい貴女自身の力で出来るようになります。さあ、こちらへ……」
竜妃は子音に手を差し伸べた。
「そこまでだ」
物陰から子音を狙っていたまじない師・巳影の部下である武人・鷹茜と亥藍の兄弟と黒づくめの男たち数名が現れる。周りを囲まれているようだ。
「なんだこいつら!?」
潮は身構えながら士狼に訊ねる。
「道中に話しただろ? 子音を狙ってる連中だ」
亥藍がズイと前に出て士狼を睨む。
「テメェ……よくもコケにしてくれたな? 覚悟しろ」
子音と出会ったときに煙に巻いた巨漢が再び現れたのを見てにやりと笑う士狼。
「へ、一人じゃかなわねぇから助けを呼んだってわけか?」
「んだとゴルア!」
亥藍は怒りの表情で腰の大きな太刀――段平を抜いた。士狼はそれを見てたじろぎもせず余裕の表情で刀を抜く。
「おい竜妃さんとやら、すぐ片付けっから、ちいと下がってくれるかい?」
竜妃はうなづくと瑪那と子音を連れて洞穴の入り口付近の岩陰へ身を隠した。
今にもとびかかりそうな亥藍の肩に手を触れる鷹茜。
「あれがお前の手こずった男か?」
「あ、ああ――あいつだ」
鷹茜は士狼に鋭い視線を送る。士狼はその視線を意に介さずニヤリと笑い返す。
「そうか……なるほどな」
鷹茜は微笑むと刀を抜いた。同じく黒づくめ――傀儡たちも刀を抜く。潮たちもそれぞれ武器を手に士狼を中心にして対峙する。
「なんだ潮、タイガーJはともかくオメェら大丈夫かよ?」
「バーカ。伊達に賞金稼ぎやってないっつーの!」
「これでも結構修羅場は抜けてきてるからね!」
士狼の問いに力強く答える潮と古兎乃。それを見て「へっ」と笑う士狼。
「ハン、頼もしい仲間だな、タイガーJ」
そう士狼に言われるとタイガーJは「ヒュウ」と短く口笛を鳴らし帽子のつばをクイっと指で上げる。
「イェース! エビバディOK? イッツ……ロックンロール!」
タイガーJは居合斬りの姿勢のまま素早く踏み込み、瞬く間に傀儡を二体切り伏せた。
「流派・絶刀――重風」
Jはドヤ顔で刀を鞘に納めた。が、一度倒れたはずの傀儡は起き上がり再び刀を構えた。それを見てタイガーJは驚愕して呟いた。
「オウマイブッダ……」
士狼にも傀儡が左右から2体同時に襲い掛かる。右からくる刀を刀で受け流しながら左からくる傀儡の胴を薙ぎ真っ二つにした。振り返り様にもう一体を背中から袈裟懸けに斬り、倒れた傀儡の頭を上から刺し貫いた。すると傀儡は再び動くことは無かった。
「へ、やっぱりか、こいつら人間じゃねえ。おい、とにかく動けねえようにしろ、頭潰してもいいぞ」
士狼は他の3人に聞こえる様に大きな声で言った。それを聞き潮と古兎乃は顔を見合わせ頷いた。
「なーる……わかった。じゃあ古兎乃、アレやるよ!」
「アレね、了解!」
潮は薙刀を身体の左右でぶんぶんと振り回しながら傀儡との間合いを図っている。そこに古兎乃が両端に石を結び付けた縄を傀儡の足元に投げつける。縄は足に絡みつき傀儡の動きが止まった。すると潮は一気に踏み込んで振り回した勢いを重ねた薙刀で傀儡を袈裟懸けに切り裂いた。上半分が斜めに地面へと落ち、下半分は糸が切れた様に膝から崩れ落ちた。潮と古兎乃は拳を突き合わせて不敵に笑った。
「ヒュー、これは負ケテいられないネ……」
タイガーJは先ほどの二体の傀儡に前後で挟まれていた。しかしJは臆することなく重心を低くして腰だめに居合斬りの構えで静かに構える。傀儡は前後からJに襲い掛かったその刹那、抜刀しながら身体を回転させ二体の傀儡の首を一時に刎ねた。
「流派・絶刀――蛇舞竜」
Jは先ほどよりも更にドヤ顔をしながら刀を鞘に納めた。そうしている間に残りの傀儡を士狼が全て倒していた。
「おめえは――本当にフザケてんのかマジなのか分かんねえやつだな」
士狼は肩を竦めて苦笑いをする。そんな様子を見て亥藍は額に青筋をたて、歯ぎしりをしていた。
「傀儡ども……使えねえなあ……」
鷹茜は微笑んでいるのか口元が微かに緩んでいた。
「ふん、なるほど……このような所に手練れが二人も居るとはな。久々に滾るではないか、なあ亥藍よ?」
鷹茜が久々に武人の顔に戻っているのを見て亥藍は己の血が湧きたつ感覚を覚えた。
「兄者……そうだ、そうこなくちゃあなあ!」
亥藍はタイガーJに向かって一足飛びに斬りかかってきた。大きな幅広の太刀――段平を袈裟懸けに振り下ろす。Jは大きく後ろにジャンプして躱す。近くにあった木が袈裟懸けに斬られ倒れた。木の砕けた破片がJを襲い、頬や腕などの肌が露出している部分に赤い筋を付けた。Jは「ヒュウ」と短く口笛を吹きにやりと笑う。
「おいテメェ、すばしっこい様だが俺の剣は当たらなくても痛てぇぞ?」
タイガーJは人差し指を立てて左右に振り「チッチッチ」と舌打ちをした。その近くで士狼と鷹茜は刀を構えながらゆっくりと歩み寄り間合いを計っている様子だった。
「貴様か、亥藍を手玉に取ったのは」
「亥藍? ああ、アイツか。まあ、あん時は逃げるのが先決だったし……な!」
士狼から仕掛けた。刀を身体の正面に構え踏み込む。上段から斬ると見せかけ下段から斬り上げる。同じく正面に構えていた鷹茜はそれを冷静に見極め士狼の下段斬りを刀で受け流した。鷹茜は受け流した刀を流れる様に振るい士狼に斬り返す。士狼もその一撃を逸らすように刀で受け流し流れる様に切り返す――そんな攻防が三合、四合、五合と続き、二人は離れて間合いを取る。
「これほどの武士が野に埋もれているとはな――我は鷹茜。今は白蛇講で主・巳影様に使える剣士。貴様、名は?」
「士狼……ただの浪人だ」
「士狼――覚えておこう。名無しの剣士として屠るには惜しいからな」
「はん、屠るたあ舐められたもんだな」
士狼と鷹茜、タイガーJと亥藍が立ち合っているのを見ながら潮と古兎乃は子音の身を案じていた。
「潮、子音大丈夫かな?」
「そうだな、Jと士狼はあのヤバそうなやつらで手一杯だからアタシらで守らないとね。おーい子音、大丈夫か!?」
洞穴入り口付近の岩陰に子音は竜妃と瑪那とともに身を隠していた。子音は潮の姿を見つけると手をぶんぶん振って返事をする。
「潮危ない!」
古兎乃の声に潮はとっさに伏せた。「ヒュッ」と風切り音が頭上を掠めたのが聞こえると地面に星型の金属――手裏剣が刺さっていた。潮はとっさに近くにあった木の陰に隠れた。
「敵?! 一体どこから……」
そっと木の陰から覗こうとすると木に先ほどの手裏剣が刺さる。
「あっぶな!」
潮は肝を冷やした。
「うしおー 大丈夫?」
向こうから子音の声が聞こえる。
「子音、危ないからアタシらが行くまで隠れてな!」
潮は耳を凝らして周囲の様子を伺った。
「古兎乃は大丈夫……だと思うけど」
見えない襲撃者に潮はどう動いたものかと思案していた。