第六話 忍び寄る白蛇たち
~第一幕・摩示羅の企み~
竜妃に導かれ竜の泉にあるという祠を目指す竜の花嫁・子音とその一行。そこに現れた、道に迷ったという町人風の男・マシラ。しかしそれは竜の花嫁である子音を狙うまじない師・巳影の参謀・摩示羅であった。
「もう、一時はどうなることかと……いやぁよかった!」
マシラはペコペコと頭を下げている。
「なんだ、同類かよ」
「結構人が迷い込むじゃない、この森」
潮と古兎乃は安堵したような残念そうな複雑な表情をしていた。
「ううん、この森普段は誰も入らないよ?」
子音の一言で一同は子音に注目する。
「そういえばここって、街道からかなり離れてたよね? ほら、来るとき大変だったじゃない?」
「そういやあ、そうだね……」
潮と古兎乃はお互い顔を見合わせてからマシラに疑いの眼差しを向けた。
「ななな、なんですか? その目は?! わ、私が何をしたというんですか!」
マシラはギョッとした表情で他の一同をきょろきょろ見回し勘弁してくださいと言わんばかりの苦笑いをした。
「でもさ、コイツがそんなウソ付いてなんか得するわけ?」
「そ、そうですよ! まさしくそう!」
潮の言葉にマシラは身振り手振りを交えて続けた
「……それもそうだね」
古兎乃は独り言のように呟いた。
「ねぇねぇ、あなたも一緒に来ればいいよ! 竜神様に頼んであげるから」
「森から出られるんですか!? ありがとう! ありがとう! うう……優しい人に出会えてよかった」
子音は能天気に明るい笑顔でマシラを誘った。マシラは歓喜の涙を流していた。
「じゃあ行こう!」
子音はマシラの手を引いて歩き始める。その二人をジッと見つめながらついていく士狼。賞金稼ぎ三人組もそのあとについていく。
「はあ、出発出発」
「いくよタイガーJ」
「♪アール―コー アール―コー ワタシはぁフッフフーン」
「相変わらず訳の分からない歌うたうのねJ……」
~第二幕・追跡者たち~
竜ヶ杜、子音たちから少し離れた崖の上。子音を捕らえ損ねた巨漢の剣士・亥藍がいた。遠眼鏡で子音たちの様子を見ている。
「クソ――摩示羅のヤロー、くだらねぇ事しやがって! 見てろ、俺が……」
「亥藍、早まるな」
亥藍の兄である白蛇講の武人・鷹茜が合流すべくやってきた。後ろには忍び姿の女・葛恵と数体の黒づくめ――傀儡を連れている。
「あ、兄者?! ――葛恵、てめぇ居なくなったと思ったら……兄者、すまねえ。この失態はこれから挽回するからよ――」
「摩示羅に策があるようだ。今は手を出すな」
「な、なんだよ? 今度こそアイツらぶっ殺してあの娘かっさらうくらい訳無ぇよ」
鷹茜に止められ亥藍は顔をしかめて反論した。
「お前はそのやり方でしくじったのではないのか?」
「あ、あれは……今度こそ大丈夫だ!」
図星を言われバツの悪そうな顔をするが言い返す亥藍。その亥藍に言葉を続ける鷹茜。
「摩示羅の策を潰してまで確実に成功する策がお前にあるのか?」
「う……でも兄者、摩示羅のヤローに好きにさせて悔しくねぇのか?!」
亥藍は鷹茜の駄目出しにいちいち口答えしている。鷹茜はそれに対して眉一つ動かさず言い返す。鷹茜の後ろで葛恵はそれをただ見守っている。
「悔しいも何もあるか。巳影様の命令は、竜の花嫁を巳影様の元へ連れて行くこと――我らは巳影様の意に従えばいい」
「でも兄者、いいのかよ?! アイツは巳影様を利用することしか考えてねぇぞ!」
「分かっている……」
若干鷹茜の声色が変化した事を葛恵は感じ取った。だが鷹茜の表情はあくまで変わらない。変わらないことに苛ついた亥藍はどんどん感情的になっていった。
「だったらなんで?! 本当なら兄者はあんなヤツが巳影様に近づくのを許すはずがない……だってよぉ、兄者は――」
「黙れっ! ……その先を口にするならお前とて――」
突然鷹茜は声を荒げた。亥藍も葛恵も肩を竦めて固まる。
「あ……す、すまねえ……兄者」
「……追うぞ」
鷹茜は激高した自分を恥じたが、それを誤魔化すかのように冷静な表情にもどり傀儡を率いて移動を始めた。
「鷹茜様!」
葛恵は鷹茜に付き従うが、その表情には少し陰りがあった。
「クソ……なんでだよ……」
亥藍は小声で吐き捨てる様に呟くと後に続いた。
~第三幕・竜の祠へ~
子音たち一行はマシラを連れて祠を目指している。子音はこめかみに両手の人差し指を当てながら「うーん」と唸り、探すような仕草をしている。マシラは怪訝な表情でそれを眺めていた。
「……子音さんは一体、何をやってるんですか?」
マシラは近くにいた潮に訊ねる。
「またなんかキてるんだろ? 竜神様からのなんかが飛んでくるらしいよ」
「キてる? は、はあ……よくわかりませんが」
「うーん……うーん……よしこっちー!」
子音は急に指を差し小走りで駆けて行きまたこめかみに指を当て「うーん」と唸っている。タイガーJがその様子を見て眉間に皺を寄せていた。
「どうしたのJ深刻な顔で?」
古兎乃がJに訊ねると――
「子音という天然ボケキャラしかも美少女ということで、私のボケキャラとしての存在が脅かされている気がして焦っている……」
「また訳の分からないことで悩んでるの?」
古兎乃は苦笑いする。
「つーか、あんたその性格作ってたんかい!」
「ウプス!?」
潮はタイガーJの頭を叩きJはそれを変なポーズで受けた。
「うぉきたぁ!!」
子音は急に大声を出し驚いた表情で固まっていた。傍で見ていた士狼は子音に近づく。
「おーい、どうした?」
子音は表情を固めたまま頷く。
「場所がわかったのか?」
子音は再び頷く。
「ん、祠か? 方向は……あっちか? よし行くぞ」
士狼は表情が固まったままの子音の手を引いて歩きだす。
「「なんでわかるんだよ!」」
その場にいた子音と士狼以外の者がツッコむ。
「いやあ、なんか分かるようになっちまってな。ほら行こうぜ」
皆が移動を始めたが、マシラは離れて少し後ろを歩きながら子音と士狼を見つめていた。
(何回か機会を狙ってみたが――あの士狼という男、その都度娘に張り付いてくる。奴はハナから私を疑っているようですね。まあいい、焦らずに待つとするか……)
「オーイ、置いてくよ! また迷っても知らないからね!」
潮はマシラに声をかけた。
「ま、待ってくださいよ~」
マシラは情けない表情を作り小走りで後を追った。その様子を木陰から見ているものが居た、葛恵であった。
「この先の洞穴が目的地か……鷹茜様に知らせねば」
葛恵は鷹茜たちの元へ急いだ。
~第四幕・竜の祠への入り口~
子音と士狼は山の麓にある祠のある洞穴の入り口に辿り着いた。辺りには木が鬱蒼と茂り、直接日の光は当たらない。そこに口を開けているのは、人が数名横並びで入れるほどの大きな洞穴であった。洞穴は岩でできており所々に苔が蒸している。中からは冷たい空気が緩やかに湧き出してくる。
「ここか、子音? なんか湿っぽいところだな」
「士狼、そうみたいだよ。うん、この奥に泉があってそこに祠があるんだって」
子音は洞穴の中を指さした。士郎は洞穴の中を見つめながら「ふむ」と言い、顎に手を添えてぽりぽりと掻く仕草をしている。
「ちょっと、アンタ情けないわねぇ」
「ま、まってくださいよ……みなさん歩くの速すぎますよ……ちょっと、休憩を……」
潮たち三人にせっつかれながらマシラはふらふらと歩いてきた。四つん這いになってはあはあと呼吸している。
「大した道じゃなかったから、旅慣れしてたらこのくらい訳ないと思ったけど」
「オウ、お疲れサマーデスか?」
潮とタイガーJはマシラの様子を見て呆れている。
「マシラさん旅の人じゃなかったの?」
古兎乃は素朴な疑問を投げかけた。
「そ、それは――今回初めての長旅だったので……そうなんですよ、だから迷ってしまって」
「ま、いいか。もう着いたみたいだし、ちょっと休むかい?」
「あ、ありがとうございます!」
マシラは安堵の表情を浮かべた。
(ふう、こんなに続けて歩かされるのは計算外でしたね……まったく。まあ、ここが目的地のようですが……果たして)
「えー! もうすぐなんだから行こうよ!」
子音が頬を膨らませて訴えている。
(この娘、何を余計なことを! せっかく休憩になりそうなのに……)
「文句ならそいつに言えよ。まあ、息を整えるだけだ。なぁに、祠は逃げねぇよ」
「それもそうだね!」
士狼に諭されて子音も納得したようだ。
「す、すみません……」
(やれやれ、なんとか休めそうですね。――ただ、この剣士は何者でしょうか? この娘からまったく目を離さない……必ず付かず離れずの位置にいるのは……邪魔ですね)
「え、なに?」
子音は突然耳鳴りに見舞われた。音は洞穴の中から聞こえてくる。
「良く来てくれましたね、待っていました……竜の花嫁」
洞穴の中から声がする。幾度となく子音の頭の中に語りかけてきた声――竜妃の声だ。子音が周りを見ると皆洞穴の方を見ている。どうやら竜妃の声は皆にも聞こえているようだった。洞穴の奥から灯かりの様なものが見え、近づいてくる二人の人影があった。それは異国の巫女のような姿の美しい黒髪の女性・竜妃と、提灯のような灯かりを持っている青い髪の小間使い風の童女・瑪那であった。
「この声は……竜妃さん?」
「そうです。私は竜妃――あなたが竜の花嫁ですね?」
子音の問いに答えた竜妃は会釈をして微笑んだ。
~第五幕・追跡者たちの決意~
鷹茜と亥藍のもとに先行して偵察していた葛恵が戻り、竜の花嫁一行ことを報告した。行き先がはっきりしたことで亥藍は鼻息を荒くした。
「兄者、決まったな」
「何がだ?」
「奴らの行き先はこの先の洞穴だ、行き先がわかりゃあ……」
「うむ……よし、お前は巳影様にこの事をお知らせしろ」
「待てよ、兄者。ここは先回りして洞穴であいつらを待ち伏せしようぜ」
鷹茜の言葉を遮って亥藍はにやりと笑いながら喋った。
「お前、まだそんなことを……摩示羅の――奴の動きを見極めてからでないと、奴の策を潰したうえに例の娘まで取り逃しでもすれば巳影様にどう申し開きを――」
鷹茜は相変わらずの考え無しの発言をしている亥藍を睨みつけながら諭した。しかしそんな鷹茜の視線をものともせず亥藍は言葉を続ける。
「あいつらの目的地はその洞穴だ。もう、取り逃す心配はないんだぜ?」
「何?」
鷹茜を前に自信たっぷりに反論している亥藍を見て葛恵は感心した。この巨漢は兄である鷹茜にだけは逆らえないと思っていたからである。
「兄者、やろうぜ。俺たち兄弟二人、剣で駆け抜けてきたじゃねぇか? 俺たちにとって一番確実な方法ってなんだよ? 摩示羅みたいに策を練ることか? 違うよな?!」
「お前――」
自信に満ちた表情で答える弟に言葉をつまらせる鷹茜。
「鷹茜様、お言葉ですが……私も亥藍殿と同じ意見です。鷹茜様と亥藍殿二人が揃えば太刀打ちできる者はそうはおりません。しかも目的地は分かっています。ここは攻め時かと」
「へえ、まさかおめえまで俺の味方してくれるとは思わなかったぜ」
亥藍は葛恵も反対すると思っていたので意外そうな顔で葛恵を見つめた。
「私は鷹茜様にとって最も良いと判断したことを意見したまでです」
葛恵は亥藍を一瞥して淡々と答えた。
「けっ、可愛げの無ぇ女だぜ……」
「ふはははは!」
突然笑い声を上げる鷹茜。亥藍と葛恵は呆気にとられた。
「亥藍よ、まさかお前に諭される日が来るとはな――よし、ゆくぞ!」
鷹茜は葛恵が報告した洞穴へ向けて歩き出した。
「そうこなくちゃあな!」
亥藍はにやりと笑うと鷹茜に従い歩き始める。葛恵は微かに微笑み傀儡たちを従えそれに続いた。