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第五話 竜妃と子音と蠢く白蛇

~第一幕・再び竜の泉~


――竜ヶ杜(りゅうがもり)の奥深くにある山の麓の洞穴(ほらあな)のさらに奥にある竜の泉。竜の花嫁・子音(ねね)が目指す場所である。竜神の力をつかさどる存在、天女のごとき巫女姿の女性・竜妃(りゅうき)がそこに佇んでいた。竜妃は泉に流れ落ちる滝の前に立つ。滝は鏡の如く竜妃の姿を映している。


瑪那(まな)は居ますか?」


竜妃が声をかけると泉の中央にある祠の中から小間使い姿の童女が駆けてきた。


「はい竜妃様、お呼びですか?」


瑪那と呼ばれた童女は笑顔で竜妃を見つめている。


「瑪那、花嫁を迎える準備は進んでいますか?」


「はい、もちろんです竜妃様!」


瑪那は明るく素直な口調で答える。それを見て思わず竜妃も表情が綻んだ。


「ありがとう……瑪那。あなたは本当に良く尽くしてくれますね」


竜妃は瑪那の頭を優しく撫でる。瑪那は満面の笑みを浮かべ照れたようにもじもじする。


「あたりまえですよ、竜妃様。瑪那は竜妃様に仕えるこの泉の精霊なんですから。これまでにもう何人もの竜妃様にお仕えしたんですよ!」


「それでも……私はあなたが居なければ、一人でなんか耐えられなかったわ……ありがとう」


竜妃は瑪那の頭を撫で続ける。


「あはは……いやぁ、照れちゃいますよぉ」


瑪那は顔を両手で覆い照れていた。そんな瑪那を見て竜妃も心和ませている様子であった。



(案外楽しそうじゃのう、竜妃よ……)



突然、竜妃の頭の中に直接声が響いた。


「誰です……この感覚?!」


竜妃は辺りを見回すが誰もいない。



(ようやく探り当てたぞ、竜の気配……懐かしいのう、この感じは)



再び頭の中に直接語りかけてくる声。竜妃は不思議とこの声には聞き覚えがあった。だがこの邪悪さを感じるのは初めてである。


「去りなさい、邪なる者。ここは貴方のような者が来て良いところではありません! 例え、念だけであっても――」



(なんとご挨拶じゃのう、久方振りだというのに。ふむ、そうか、姿は見えんしのう、わからぬか。なるほど……)



「な、なにを……何を言っているのですか?」


瑪那は竜妃の様子に驚いて手を握りしめた。


「竜妃様!? ど、どうなされたのですか?」



(あっはっは! どうだい、この喋り方なら分かんだろ? それとも忘れちまったかい?)



「え、まさか……そんな?!」


竜妃の顔は青ざめ、目を見開き驚愕した。


「竜妃様、一体どうなさったのですか?!」


瑪那にはこの邪悪な声は聞こえていない様で、竜妃の様子を心配そうに見ていた。


「……貴女と話すようなことはありません、今すぐ去りなさい」


竜妃は眉間に皺を寄せて宙を睨みながら低い声で喋る。瑪那は聞いた事のない竜妃の声色に驚き握っていた手を離した。



(……相変わらずだな、変わらないねぇ、竜・妃・様? アハハハ!)



からかうような挑発的な言葉に対して衝動的に言い返しそうになるのを抑えるためか深呼吸をする竜妃。


「何を企んでいるかは知りませんが、貴女は竜の宝珠に触れる事は出来ません、無駄なことです」


竜妃の表情は冷静さを取り戻していた。しかし声色まだ低く険しいものであった。



(竜の宝珠を手にしその力を制御する存在、竜妃となる――コレが竜神の正体だ。そして竜妃となった娘はこの森の……いや、あの村の為に祈り続けるんだ。竜の宝珠の力を使って、タダの荒れ地だったあの村に水をもたらすためにな)



「竜の宝珠を手に出来るのは純潔の乙女のみ……今の貴女は宝珠に触れる事が出来ますか?」



(残念ながら、もはや無理だろうねぇ……フフフフ)



再び挑発的な口調の思念だが、竜妃の表情は冷静さを保っていた。


「それが分かっているなら去りな……ぐ!?」


「竜妃様?!」


竜妃は喋る途中で咽た様に咳き込む。咳が止まらず膝をついてうずくまってしまう。瑪那は竜妃の背中をさすり心配そうにしていた。


「……去りなさい」


なんとか声を絞り出す竜妃。



(アハハハハハ! ホント、可愛いねぇ……もうすぐ行くから、待ってなさい、アーッハハハハ!!)



思念は徐々に小さくなり聞こえなくなった。竜妃は咳き込み過ぎて動けない。瑪那は竜妃の名を呼びながら涙目で背中をさすっていた。


「瑪那、ありがとう……でももう、私の体もいよいよ宝珠の力に耐えられなくなってきたみたいですね」


「そんな、竜妃……様」


瑪那は竜妃にしがみつき小さく震えている。そんな瑪那を竜妃は優しく抱きしめた。


「花嫁……聞こえますか? 竜の花嫁よ……私の声が……聞こえますか?」



~第二幕・竜の花嫁、子音~


竜ヶ杜の夜が再び明けた。竜の泉を目指す竜の花嫁・子音(ねね)と成り行きから子音を護る賞金首の剣士・士狼(しろう)、その士狼を追って森で道に迷い現在休戦中の賞金稼ぎ三人組・(うしお)古兎乃(ことの)、タイガー(ジェイ)は再び歩き出していた――泉があると思われる山の麓へ向かって。



(花嫁……聞こえますか? 竜の花嫁よ……私の声が……聞こえますか?)



 「ふえ?! だ、誰? ……子音のこと??」


子音は突然話しかけられて驚き、辺りを見回すがそれらしい人物は見当たらない。



(そう、あなたのことです、竜の花嫁。ようやく……話せる様になりましたね……よかった)



子音はどうやら自分の心の中に聞こえてくる声だと認識したようだ。頭の中の声に対して頭の中で話しかけてみた。


「あなた、だあれ? もしかして……竜神様?」



(そうとも言えますが、そうでないとも言えます)



「えーっと、うーん???」


子音の周りにはありったけの疑問符が飛んでいる――ように見えた。



(私は竜妃。竜神と契りを交わした者です)



「りゅうき……さん? じゃあ、竜神様はどこ?」



(竜神とは、この竜の宝珠に宿る力のことです。昔、ここは人が住める土地ではありませんでした。それを今のように豊かな森を生み出したのが竜の宝珠なのです)



「なんかムズカシイ話だよぉ……」


子音は顔をしかめてこめかみに両手の人差し指を当てている。



(竜の宝珠はただそこにあるだけではダメなのです。宝珠の力を支える者が居て初めて力を発揮する……そう、竜妃とは竜の宝珠を支える者なのです)



「え、じゃあ竜神様に食べられちゃうってわけじゃないんだ? 良かった♪ 子音、みんなが子音のこと生贄っていうから、竜神様に食べられちゃうと思ってた!」


子音の表情はぱあっと明るくなり笑みがこぼれた。



(生贄……ですか。ぐ、ごほ……ごほ……)



「え、竜妃さんどうしたの? 大丈夫?!」


苦しそうに咳き込む声が聞こえ、子音は不安そうな顔をしている。



(大丈夫……何でも……何でもありません)



「でも、苦しそう……」



(私の体は……宝珠を支えるには向いていなかった様です……花嫁……早く来て下さい……私の命が尽きる前に……早く……)



竜妃の声は徐々に消え入るように小さくなっていた。


「竜妃さん……竜妃さん?」


子音は辺りをきょろきょろ見回している。


「……し……お……ね……おーい……もしもーし……子音ぇ?」


誰かが子音を呼ぶ声が徐々にはっきりと聞こえてくる。


「おい、子音!」


「ほあ? うにに??」


子音を呼んでいたのは潮であった。


「どうしたんだよ? 急に呆然と突っ立ったままで、動かなくなっちまって」


「具合でも悪いの? 子音、夕べあんまり寝てないでしょ?」


潮と古兎乃が子音に心配そうな表情を向けていた。子音は今さっきの竜妃とのやりとりは自分にしか聞こえていなかったようだと理解した。


「うーん……うん、大丈夫だよ♪」


二人を心配させまいと笑顔で答える子音。


「ならいいけど……」


潮は「まあいっか」という表情で、古兎乃は子音を心配そうに見つめていた。


「おーい、なんかかなり先だが、洞穴みたいなのが見えるぞ」


道を探しに先行していた士狼とタイガーJが戻ってきた。


「ホント?! どこ?」


潮の表情がぱっと明るくなり士狼に詳細を訊ねる。


「ああ、木に上って見回したんだが、あっちだ。まだ結構ありそうだけどな」


「イヌモ歩けば棒にアタル!」


タイガーJは手に木の実の束を持っていた。


「だから使い方おかしいって……おお? 食べ物だぁ! 流石だねJ」


「気が利くじゃない、流石だねぇ!」


「HAHAHA! ブシは死なねどタカヨージ!」


潮と古兎乃は想定外に食料を確保してきたタイガーJを褒めちぎる。Jも木の実を誇らしげに高く掲げていた。その時近くの茂みがガサガサと鳴る。士狼はいち早く刀を抜き一行を護るように前に出た。同じタイミングでJも木の実を放り投げ刀を鞘に入れたまま腰だめで構えている。Jが投げた木の実は古兎乃が見事にキャッチしていた。緊迫した時間が流れやがて茂みから一人の男が出てきた。


「あ! ああ……あああ!!」


男は町人風の格好をした若い男であった。武器らしいものは持たず丸腰である。


「え?! 誰?」


古兎乃は獣か武装した賞金稼ぎあたりかと想像していたので面を食らって思わずツッコミを入れてしまった。


「よかった……良かった! 良かったぁ! ありがとう……ありがとう!」


男は涙を流しながら手を振って近づきその場にいる全員に握手をして回った。


「な、なんなのよアンタ?!」


あっけに取られていたが気を取り直した潮が男に訊ねる。


「また賞金稼ぎ、ってんじゃねぇだろうなぁ?」


士狼は疑いのまなざしのまま話しかける。


「おお! これは失礼しました。私はマシラと言う旅の者です。道に迷ってしまって、もう、一時はどうなることかと……」


そう、装いは変えていたがこの男は子音――竜の花嫁を狙うまじない師・巳影率いる集団、白蛇講(はくじゃこう)の参謀・摩示羅(ましら)であった。


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