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第四話 竜の泉を目指して

~第一幕・白蛇の巫女~


――竜ヶ杜(りゅうがもり)入り口付近。なにやら大仰(おおぎょう)な一団が陣取っていた。巳影(みかげ)というまじない師が率いる白蛇講(はくじゃこう)という宗派の一団だ。一見雅な様式だが頑丈な造りの輿があり、それを護るように黒づくめの武装をした連中と巫女のような女官が数名立っている。それらに指示を出しているのが巳影の参謀である文官服の男・摩示羅(ましら)であった。そこに近づく甲冑を着た武人風の男が居た。黒く長い髪を髷として後頭部で纏め鉢金を巻いている。表情は険しく、如何にも歴戦の武人というような近寄りがたい雰囲気を纏っていた。そんな武人に臆することなく話しかける摩示羅。


「おや、これはこれは鷹茜(ようせん)殿。そのような険しい顔つきでどうされましたか?」


鷹茜と呼ばれたこの男は、竜ヶ杜で子音を襲った巨漢・亥藍(がいらん)が恐れる「兄者」である。亥藍と比べれば小柄と言えるが、体格は摩示羅よりひと周り程も大きく、甲冑の隙間から覗く肉体は鍛えられ引き締まっていた。顔つきも亥藍とどこか似た雰囲気であったが、弟のような獰猛さはなく落ち着いた印象である。鷹茜は摩示羅を無視し輿の前で膝をつく。


「巳影様、鷹茜にございます。火急の用なればお目通りをお許しください」


鷹茜は輿に向かって話しかけた。


「巳影は只今瞑想に入られております故、御用はこの摩示羅が承ります」


膝まづく鷹茜と輿の間に摩示羅が割って入る。


「貴様が?」


鷹茜の声色が低くなるのを聞き、摩示羅は口元に扇を当て微笑む。


「はい、なんなりと。後で巳影様に私からお伝えしておきます」


鷹茜は立ち上がると眉間に皺を寄せ摩示羅に鋭い眼光を浴びせる。摩示羅はかすかに笑みを浮かべながら鷹茜の眼光を受け流しているように見えた


「騒がしいな」


輿の中から女の声が聞こえた。その声に二人は向き直り膝をつき頭を垂れた。


「巳影様、ご瞑想中お騒がせして申し訳ございません」


(うやうや)しく頭を垂れながら摩示羅が輿に向かって話しかける。


「よい。それより鷹茜の声が聞こえたのでな、火急の用であろう。話してみよ」


鷹茜は頭を垂れながら答える。


「恐れながら。巳影様がご所望なさっている“竜の花嫁”を亥藍が見つけたとの報せがあったのですが……只今追跡中であります」


「おやおや、天下無双の剛剣を振るうと謳われた亥藍殿が、小娘を捕らえるのを手間取っておられるとは、いやはや合戦とは勝手が違いますかな……おっと」


大仰に芝居がかった言い回しで大袈裟に身振り手振りをする摩示羅を鷹茜が睨みつける。


「摩示羅、鷹茜は弟想いであるからな、あまりからかうと(なれ)の首が飛ぶぞ?」


「は、失礼いたしました鷹茜殿」


鷹茜は涼しげな表情で恭しく頭を垂れる摩示羅を一瞥すると巳影の乗る輿に向き直り深く頭を下げた。


「我が愚弟の不手際、面目次第もございません。故に拙者が陣頭に立ち、必ずや件の者を巳影様の御前へ連れて参ります」


「鷹茜、汝が出向くというのか?」


「は。お許し頂ければ、でありますが――」


しばし沈黙の時が流れた。摩示羅も鷹茜も膝をつき頭を垂れたまま微動だにしなかった。すると輿の御簾が上がり中から女が顔をのぞかせる。上等そうな生地で織られた巫女のような衣服を身に纏った白銀色の長い髪の妖しくも美しい女性――それが巳影である。輿から身を乗り出す巳影に、女官たちがすっと近づき履物や日傘などを添えた。巳影は鷹茜に近づき身を屈め鷹茜と目線を合わせた。


「鷹茜、(わらわ)は汝を信じておる……この意味が分かるな?」


「はい、この鷹茜必ずや」


鷹茜は頭を垂れたまま目線を合わせず答える。


「では、行くがよい」


巳影は目を細め、鷹茜に微笑みかけてから立ち上がった。


「は!」


鷹茜はそう応えると立ち上がり、深々と一礼して去っていった。鷹茜の姿が見えなくなると巳影は摩示羅の方に視線をやり話しかける。


「さて、摩示羅。汝も何か言いたげだな?」


摩示羅は頭を垂れたままニヤリと笑う。


「流石は巳影様、全てお見通しでございますか……」


「構わぬ、申してみよ」


巳影は手に持った扇を広げ口元に当てあらぬ方向を見つめていた。


「この摩示羅めも鷹茜殿たちとは別の策を講じてみようかと――」


「ほう、鷹茜たちはしくじると思うておるのか?」


「そうは申しませんが、あの方々は武人としては紛うことなき無双なれど、こういう(から)め手は不慣れと存じます故。世間には“餅は餅屋”という言葉もございますので」


「鷹茜達を出し抜こうという腹か?」


「はい、点数稼ぎにございます」


摩示羅は微笑むと顔を上げて巳影を見つめている。巳影は摩示羅の言葉を聞き声を出して笑った。


「――正直なやつめ……許す。竜の花嫁を連れてくれば、汝の力を鷹茜達に示すことになろう。行くがよい」


「は、有難き幸せ……では失礼いたします」


摩示羅は深く頭を下げると立ち上がり去ってゆく。その姿を見送る前に巳影は再び輿の中へ戻った。


「さて、どちらが妾の役に立つか……」


巳影は他人事のような冷めた表情で一人呟いた。


――鷹茜が出立のために準備をすべく自分の天幕に戻ると、亥藍の元へやった黒づくめの忍び装束の女・葛恵(かつえ)が待機していた。


「葛恵、戻ってすぐで悪いが出立する。亥藍のもとへ案内しろ」


「は、承知しました。巳影様よりご命令が?」


鷹茜は話をしながら衣裳を着替え始める。葛恵はその補佐をしながら会話をしていた。


「俺からお願いした。もう亥藍だけに任せておけん。まったくあ奴は……」


「申し訳ございません。鷹茜様に命じられていながら亥藍殿を補佐できずに戻ってしまいました」


葛恵は鷹茜と視線を合わせぬまま阿吽の呼吸で次から次へと衣裳や甲冑を鷹茜に渡す。鷹茜もそれを受け取り手早く身に付けていく。


「よい。亥藍のしくじりをいち早く知らせてくれたのだ、相変わらず良い判断で助かる」


「勿体なきお言葉、恐れ入ります」


傀儡(くぐつ)も連れて行く、用意いたせ」


「は、承知しました」


一通り会話を終える頃には準備も整い、二人そろって天幕を出ていった。



~第二幕・(にえ)の娘と賞金首と賞金稼ぎ~


――賞金首士狼(しろう)と竜の花嫁を名乗る少女子音(ねね)は士狼を追ってきた賞金稼ぎ(うしお)古兎乃(ことの)・タイガー(ジェイ)と一時休戦し、共に子音が元々連れていかれる途中であった竜神がいるという竜の泉の祠へ向かっていた。


「子音アンタさ、感じるとかなんとか言ってるけど本当にこっちで合ってんの?」


潮は不安げな表情で子音に訊ねた。


「うん、多分こっちだよ。少しずつだけど竜神様が近くなってるような気がするんだ」


子音は家の近所を道案内するような口調で答える。


「ねえねえ、その竜神様がいる場所ってどういう所なの?」


古兎乃は子音の性格を(かんが)みてか、少しでも情報を引き出せそうな質問をした。


「うーん。長老様とか村の人の話では、森の奥の山の洞穴(ほらあな)に竜の泉があって、そこに竜神様が住む祠があるんだって」


「山にあるんだ、そっかぁ~……ありがとう」


古兎乃は「ね?」という風な表情を潮に向けた。


「ぬー……やるじゃん古兎乃」


潮は悔しがりながらも感心して腕組みしている。


「ねえタイガーJ、山って見える?」


古兎乃は大きな木の上に向かって話しかけた。


「イエース、東の方に見えマース!」


木の上からタイガーJがスルスルと降りてくる。


「おーい、なんとかメシが獲れたぜ」


ガサガサと茂みをかき分けて、ウサギを何羽かぶら下げた士狼が現れた。


「お、肉じゃんか! アンタやるね」


「イヌモ歩けば棒にアタル!」


「だから使い方おかしいったら!」


潮はJの怪しい言葉遣いにツッコミをいれるが表情は楽しげだった。


――やがて日も暮れ夜も更けて、一行は焚火を囲み交代で休んでいた。士狼と子音は横になり隣同士で眠っている。


(……さま……にい……さま)


士狼は自分を呼ぶ聞き慣れた声を聞いた。


「ん、子音か?」


「子音? 誰ですかそれは」


士狼の目の前には子音よりも年上の若い女性が居た。子音とは別人だが子音が成長した姿、ともいえる雰囲気の似た女性であった。


「ああ、未夜(みや)か……」


「ふふふ、兄様ったら、また寝ぼけて」


未夜と呼ばれた女性は口元に手を当てて上品に微笑んでいる。


「兄様って、そういうとこは子供みたいなんだから」


「からかうなよ! まったく――」


士狼は照れ隠しのように頭を掻く。


「ふふ、ごめんなさい。未夜が居なくなったらって思うと、ちょっと心配で……」


「未夜?」


未夜の存在が徐々に透けていき声も遠くなる。


「兄様……もし……未夜が……居なくなっても」


未夜が目の前から消えた。士狼は辺りを見回しながら未夜の名を叫ぶ。


「未夜? オイ、未夜! どこに行くんだよ、オイ! 未夜ぁっ!」


うな垂れ、四つん這いになった士狼は肩を震わせて微かに笑う。


「何言ってんだ俺は……アイツを……未夜を殺したのは……」


(いいえ、兄様のせいじゃない……兄様は間違ってない……)


未夜の声が宙に響き渡る。


「だが、お前は死んだ! 人質になったお前を……見殺しに……」


(そのお陰でひどい殿様をみんなで倒せたのでしょう? 私の命で国のみんなが救えたのだとしたら……)


「それも……結局は謀反に手を貸しただけだ……用が済めば剣しか能のない俺はお払い箱、今じゃ賞金首だ……」


士狼は宙に向かって問い返す。目には涙が溢れていた。


(でも、救えた人達がいるでしょう? みんなのために兄様は戦った……そうでしょう?)


士狼は自嘲するように笑う。


「みんなの為……そうだ、俺はそう思って反乱に加わった。横暴な殿様を倒して民百姓みんなを救う……そう思ってた」


(それではいけないの? みんなのため、ではいけないの?)


「みんなのために俺が犠牲になるなら――そりゃ本望だ。その為に戦ったんだからな……だが、俺は、お前を犠牲にした……お前が人質にされたと聞いても、みんなの為に、俺は……」


士狼は拳を握りしめ歯を食いしばり肩を震わせている。


(一人の命と国みんなの命、それを比べたら……)


「未夜、お前は……お前はそれで良かったのか? お前が何を思いながら死んでいったのか、もう知ることはできねぇ――本当は俺を、みんなを恨みながら死んでいったのか……未夜……教えてくれ……」


士狼は縋るように宙に手を伸ばす。


(兄様……未夜は……)


未夜の声が掠れる様に消えていった。


「未夜、教えてくれ……未夜ぁっ!!」


飛び起きる士狼。横には不安そうな表情で見つめる子音がいた。


「夢……か。ん? どうした子音」


「うん、なんかうなされてたから見てたの」


士狼は苦笑いしながら頭を掻く。


「そりゃあ、起こして悪かったな……」


「ねえ、ミヤって誰?」


士狼はギクリと驚きの表情を浮かべた。


「な、なんでもねえ、ただの寝言だ」


子音は士狼の態度を見てニヤリと笑う。


「にしし♪ も・し・か・し・て、恋人さん??」


士狼は視線を逸らし頭を掻く。


「バカ、んなんじゃねぇよ」


「えぇーっ 誰? 誰? 誰?」


子音は逸らした視線の先に回り込みニヤニヤと問いかける。


「ああもうウルセぇな! ……妹だよ」


「ああ! そっかぁ、妹さんかあ」


子音は「なるほど」という感じで膝を打ち納得したようだった。


「今はどこにいるの妹さん?」


「どこにもいねぇよ、死んじまったからな」


「え……ごめん……悪いこと聞いちゃった?」


子音はしゅんと俯いて謝る。


「何、辛気くさい顔してんだよ、気にすんな、昔のことだ」


士狼は子音の頭に手をぽんと乗せた。


「――じゃあ、お父さんとお母さんは?」


子音はおずおずと問いかける。


「それはもっと前に死んだ」


士狼は子音に大丈夫だと言う意味も含めて微笑みながら答えている。


「そっか……子音と同じだ」


子音もにこりと微笑みで返した。


「……そういえば、おめえ、竜の花嫁だとか言ってたよな。そりゃ、何なんだ?」


「子音の村はね、時々水が涸れて食べ物とかが作れなくなっちゃうの。その時にこの森の竜神様に花嫁を差し出すとまた水が出るんだって」


子音はあっけらかんとした表情で答える。


「おめえよ、そういうのは生贄っていうんだぜ?」


士狼は子音が自らの状況を理解していると感じ、以前飲み込んだ言葉を問いかけた。


「うん。……でもいいんだ。子音が死んでも悲しむ人居ないし。だから、みんなのために子音が行くの」


「みんなのため――って、おめえ……」


能天気な表情で言った子音の言葉に眉をひそめる士狼。


「みーんなが幸せになりますようにって、竜神様にお願いするの。あ、その前に、ちゃんと士狼たちを森から出してくださいってお願いするから大丈夫だヨ」


「みんなってなんだよ……みんなって」


「ほえ? みんなはみんなだよ?」


険しい表情で問い返す士狼に子音はよくわからないといった顔をしていた。


「……大体、みんな幸せってのは無理な話だぞ」


「そうかなぁ?」


子音は少し不服そうな表情をしている。


「おめえはその“みんなの幸せ”ってやつの為に生贄にされてんだろ?」


「だって、そうしないと村のみんなが……」


「みんなの中におめえは入ってないのか?」


「え? う~~???」


淡々と問い返す士狼に子音は眉間に皺を寄せ口をとがらせて悩む。


「自分の入ってない“みんな”なんて言葉に意味は無ぇ。そんなもんは、自分でなにもしねぇヤツの言い訳だ」


「そんな……」


子音は言葉に詰まる。


「オメェは死んでも幸せなのか?」


「で、でも、子音が行かないと他の誰かが……そんなのヤダよ!」


士狼の問いに子音はどう答えていいか分からず頭を抱え込んでいた。


「誰かが死んで、子音が助かるなんて、辛くて……我慢できないよ! それなら子音が行った方がいい!」


子音は意を決した表情で顔を上げ涙目になりながら言い放った。


「それだ、それでいい」


士狼は少し微笑みながら子音の頭に手をぽんと乗せた。


「へ? なに?」


急に優しい顔になった士狼に混乱する子音。


「誰かが犠牲にならなきゃいけぇねなら、いっそ自分が……。そいつは誰の為でもねぇ、おめえが自分の為にやってるってことだ」


士狼は立ち上がり子音に背中を向けた


「“みんな”なんて曖昧なモンの為じゃねぇ……子音、おめえの意思だ」


「う~……なんかムズカシイよぉ???」


子音は再び頭を抱えて悩んでいる。


「ま、オメェが自分の意思で村を救え、ってことだ」


振り返ると士狼は微笑み、子音の頭を撫でた。


「う~ん……よく分かんないけど――とにかく竜神様に会わないとね」


「そういうこった。おう、子音。いっそ竜神をぶちのめして言うこと聞かせるか? 手ぇ貸してやるぜ」


士狼は微笑むと子音の頭をわしゃわしゃと撫でた。


「なにそれ? にゃはは♪」


「うるさいなぁ……騒がしくて寝らんないでしょ?」


潮が目をこすりながら不機嫌そうに起き上がってきた。横で寝ていた古兎乃もあくびをしながら起き上がる。


「ふあ……でも、もう交代だよ?」


「うぇ?! もう、眠いって……コルァ、タイガーJ! アンタ何寝てんのよ、見張り番でしょうが!!」


焚火の近くで居眠りをしているタイガーJを見つけると怒鳴りつけた。


「むにゃむにゃソーリー、拙者その様な馳走マンプクにつき辞退いたす……」


しかしJは怒鳴られても起きる気配はなかった。


「起・き・ろぉぉぉぉ!」


潮はJを何回も蹴る。


「アウチ!? オウ! まいっちんぐ!」


驚いて飛び起きるJ、何が何だか分からない様子で尻を押さえている。


「潮、やりすぎだって!」


「だー! アタシは寝起きが悪いんだよ!」


「てめえらが一番うるせぇじゃねぇか……」


「にしし♪」



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